アナザー・デイズ 1977
第3章 〜 1 捜索 1979年(3)
1 捜索 1979年(3)
その日は小雨が降っていて、彼以外には客がひと組しかいなかった。
だから少しくらいは話せたが、所詮「雨はいつまで続くのか?」やら、「家はここから近いのか?」なんてことが聞けたくらい。それも向こうからの返事が簡潔だから、次の言葉がなかなか浮かんでこなかった。
そんなこんなで、午後九時を少し回った頃だ……。
「こんにちは〜」
なんて声が響いて、若い女性がいきなりカウンター横に姿を見せる。
歳の頃はハタチくらいか? どっちにしたって達哉と似たような年齢だろう。
彼女はさっさとカウンターに腰を下ろし、山代に向けて「いつものね……」とだけ声にした。それから徐に達哉の方に顔を向け、なんともかわいい笑顔で告げるのだった。
「こんばんは!」
「あ、こんばんは……」
そう答えるのが精一杯で、そんな返事に彼女は再び「ニコッ」としてくれる。
それから山野翔太とも挨拶を交わし、彼女は生ビールを二杯飲み干し、一時間もしないくらいで帰っていった。
そしてその帰り際、彼女は確かに言ったのだ。
「じゃあね、お先に」
翔太に向かってそう声にして、いかにも親しげな感じで手を振っていた。
――お先に? これからどこかへ向かうのか?
――それにしたってこんな時間に? もう十時だぞ?
なんて思いが頭の中でグルグル巡り、結果、二つの可能性を導き出した。
お先に、我が家に帰ります。
――単に先に帰るってだけか?
――もしかしたら、我が家ってのがおんなじか?
もしも一緒に暮らしているなら、翔太の未来についても絶対気になる筈だ。
――なんなら先に、あの人に説明するってのも、ありじゃないか?
あっという間にそんなことを考え、達哉は悟られぬよう気を付けながら彼女に続いて会計をした。
扉が閉まるまでゆっくり歩き、「ガチャ」という音を合図に一気に階段を駆け上がる。すると外は雨がザーザー降りで、小雨どころじゃなくなっていた。
――クソっ! やっぱり、傘を持ってくるんだった!
出掛けにまさみが言っていたのだ。
夜になると本降りになるから、折り畳みを持っていけ……と。
やっぱり親の言うことは聞くものだ……なんてことを心の隅で感じつつ、彼は慌てて左右の歩道に目を向けた。
歩道に人の姿はチラホラで、すぐに赤い傘を指しているさっきの彼女が目に入る。それから大雨の中、距離を取りながら彼女の後ろを付いていった。
思った以上に雨足は強く、五分もした頃にはどこもかしこもびしょ濡れだ。半袖のシャツが張り付いて、なんとも気持ちが悪いのだ。
そんなのに気を取られ、達哉はほんのいっ時だけ下を向き、己の姿に目をやった。
ちょうどその時、自転車が彼の横を通り過ぎようとする。傘を差し、そこそこスピードを出していて、彼が気付いた時には遅かった。
右腕にハンドルがぶち当たり、それでも達哉はヨロめいただけで済んだのだ。
ところが自転車の方はそうじゃない。傘がふわっと浮き上がり、よろよろしながら街路樹に激突。そのままバタンと倒れ込んでしまった。
――傘なんか差しながら、自転車なんか乗ってんじゃねえよ!
ぶっちゃけ心底そう思ったが、だからって以前の彼とはこっからが違う。
倒れた自転車に走り寄り、達哉は慌てて声にした。
「すみません! 大丈夫ですか!?」
「何やってんのよ! 危ないじゃないのよ!」
この瞬間、達哉は咄嗟に彼女の方を見てしまうのだ。
「ちょっと! 自転車が壊れちゃったらどうするの!?」
こんな叫びを耳にしながら、達哉の視線ははっきり彼女の顔に向いていた。
――え!?
と思った時には、時、既に遅し……だ。
その日は小雨が降っていて、彼以外には客がひと組しかいなかった。
だから少しくらいは話せたが、所詮「雨はいつまで続くのか?」やら、「家はここから近いのか?」なんてことが聞けたくらい。それも向こうからの返事が簡潔だから、次の言葉がなかなか浮かんでこなかった。
そんなこんなで、午後九時を少し回った頃だ……。
「こんにちは〜」
なんて声が響いて、若い女性がいきなりカウンター横に姿を見せる。
歳の頃はハタチくらいか? どっちにしたって達哉と似たような年齢だろう。
彼女はさっさとカウンターに腰を下ろし、山代に向けて「いつものね……」とだけ声にした。それから徐に達哉の方に顔を向け、なんともかわいい笑顔で告げるのだった。
「こんばんは!」
「あ、こんばんは……」
そう答えるのが精一杯で、そんな返事に彼女は再び「ニコッ」としてくれる。
それから山野翔太とも挨拶を交わし、彼女は生ビールを二杯飲み干し、一時間もしないくらいで帰っていった。
そしてその帰り際、彼女は確かに言ったのだ。
「じゃあね、お先に」
翔太に向かってそう声にして、いかにも親しげな感じで手を振っていた。
――お先に? これからどこかへ向かうのか?
――それにしたってこんな時間に? もう十時だぞ?
なんて思いが頭の中でグルグル巡り、結果、二つの可能性を導き出した。
お先に、我が家に帰ります。
――単に先に帰るってだけか?
――もしかしたら、我が家ってのがおんなじか?
もしも一緒に暮らしているなら、翔太の未来についても絶対気になる筈だ。
――なんなら先に、あの人に説明するってのも、ありじゃないか?
あっという間にそんなことを考え、達哉は悟られぬよう気を付けながら彼女に続いて会計をした。
扉が閉まるまでゆっくり歩き、「ガチャ」という音を合図に一気に階段を駆け上がる。すると外は雨がザーザー降りで、小雨どころじゃなくなっていた。
――クソっ! やっぱり、傘を持ってくるんだった!
出掛けにまさみが言っていたのだ。
夜になると本降りになるから、折り畳みを持っていけ……と。
やっぱり親の言うことは聞くものだ……なんてことを心の隅で感じつつ、彼は慌てて左右の歩道に目を向けた。
歩道に人の姿はチラホラで、すぐに赤い傘を指しているさっきの彼女が目に入る。それから大雨の中、距離を取りながら彼女の後ろを付いていった。
思った以上に雨足は強く、五分もした頃にはどこもかしこもびしょ濡れだ。半袖のシャツが張り付いて、なんとも気持ちが悪いのだ。
そんなのに気を取られ、達哉はほんのいっ時だけ下を向き、己の姿に目をやった。
ちょうどその時、自転車が彼の横を通り過ぎようとする。傘を差し、そこそこスピードを出していて、彼が気付いた時には遅かった。
右腕にハンドルがぶち当たり、それでも達哉はヨロめいただけで済んだのだ。
ところが自転車の方はそうじゃない。傘がふわっと浮き上がり、よろよろしながら街路樹に激突。そのままバタンと倒れ込んでしまった。
――傘なんか差しながら、自転車なんか乗ってんじゃねえよ!
ぶっちゃけ心底そう思ったが、だからって以前の彼とはこっからが違う。
倒れた自転車に走り寄り、達哉は慌てて声にした。
「すみません! 大丈夫ですか!?」
「何やってんのよ! 危ないじゃないのよ!」
この瞬間、達哉は咄嗟に彼女の方を見てしまうのだ。
「ちょっと! 自転車が壊れちゃったらどうするの!?」
こんな叫びを耳にしながら、達哉の視線ははっきり彼女の顔に向いていた。
――え!?
と思った時には、時、既に遅し……だ。
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