アナザー・デイズ 1977

kenji sugiuchi

第2章 〜 2  変化(6)

 2  変化(6)



「だから、ちゃんと待ってたんです! 藤木さんが、合格するのを、わたし、待ってたんですよ!」 
 大学入試のことだけで、今の自分は手一杯だから、合格するまで待っていて欲しい。
「なのに、いつまで経っても電車に乗って来ないから、わたし、ずっと待っていたのに、ぜんぜん現れない! わたしがコンタクト落とした日って、去年の五月二十日ですよ! それからもう、一年以上、経っちゃってるし……」
 ――合格したら、いつもの電車で声を掛けるから……。
 達哉だった彼はそう言って、彼女のことを遠ざけた。そして受験に合格しても、彼は彼女の前に現れようとはしなかった。
 五月の二十日に、わざわざ寄るところがあるんだとすれば、
 ――きっと、あのT字路だ……。
 だから暗くなるまで探すのを手伝って、あそこで何かが起きるのを彼は待った。そうしてさらに一年が過ぎ去り、とうとうこの世界から消え去ってしまった。
 ――もしかして、そうなることを、彼は知っていたのか?
 だから彼女の前には現れず、忘れてくれることをただただ願った。
 そんな想像が正しかったとしても、今この瞬間にはなんの役にも立ちゃしない。
 ――どうしよう?
 そうして思い付いたのは、やっぱり事故のせいにしちゃうってことだ。
 ここまでを、あっという間に頭の中で整理して、やっと言葉にしようとした時だった。
「付き合う気がないなら、今ここで、はっきりそう言ってください!」
 いきなり視線を彼から外し、彼女は強い口調でそう言った。と同時に、揺らめいていた涙が溢れ出て、頬を伝って喉元までを一気に濡らす。
 この瞬間、ハッキリ言って〝ジン〟と来た。
 ――付き合う気がない!? ないわけないじゃん!
 一気にそんな気持ちが溢れ出て、
 ――どうする? どうしたらいい?
 このまま黙っているのは絶対まずい! だからとにかく、さっき思い付いた通りを口にして、彼女の反応を見ながら話していこうと即行決める。
 もちろん本当は、今の自分にってことじゃない。
 それでもだ。目の前には飛びっきりかわいい女の子がいて、この瞬間、その子が告げているのは正真正銘、達哉になのだ。
 だから必死に演技して、さも辛そうに声にした。
「実は、大学入試のすぐ後に、事故に、遭ったんだ……」
 その瞬間、彼女の頭がビクンと揺れて、顔が一瞬ポワンとなった。
「事故自体は大したことなかったんだけどね、実は、その時に頭を打って、記憶が少し、抜け落ちちゃってさ、」
 ここ数年の記憶が消えたせいで、いろんなことに困っていると、達哉は苦笑いしながら告げたのだった。
「それじゃあ……わたしのことも?」
「うん、話したことがあるっていう記憶はあるんだ……でも、何を話したのかって聞かれるとね、なんとなくって言うか、ボケボケって感じ、かな……」
 だから許して欲しいと頭を下げて、さらに思い切って声にした。
「で、高校三年生ってことはさ、今度はあなたが受験だよね?」
「はい、前にも言いましたけど、おんなじ大学に行きたいなって……」
「じゃあさ、今度はあなたの受験が終わるまで、僕が待つってことにしない? でさ、受かっていても、他の大学に決まったとしてもさ、その頃にまだ、僕と付き合うって気持ちに変わりがなければ……」
 来年の同じ日に、今日会った場所でまた会おう。約束だからと告げて、達哉は右手を彼女の方に差し出した。それからひと言ふた言、別れの言葉を一方的に告げ、達哉は彼女を置き去りにしてその場を離れることにした。
 結果、どこまで信じてくれたかはわからない。
 しかし実際、今の達哉が付き合ったってうまくいく筈ないし、
 ――どうせ、すぐにフラれちまうさ……。
 こんなふうに思えるってのも、天野翔太だった二年があってこそと、彼はつくづく思うのだった。
 そしてもしも一年経って、再び彼女が現れてくれたら――そんな可能性はないに等しいって気もするが――、その時こそしっかり彼女の気持ちに応えたい。
 ――その為にも、天野翔太に負けない男になってやる!
 不思議なくらい素直にそう思え、彼はそのまま授業も出ずに大学構内を後にした。

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