アナザー・デイズ 1977
第2章 〜 2 変化(5)
2 変化(5)
そこにいたのは小太りってだけの高校生で、ぺちゃんこだった鞄も消えて、代わりに薄汚れたリュック――後から聞いた話だが、彼の父親が大昔に使っていた、正真正銘、登山用のものだったらしい――を背負っている。
――学校に行かないで、ピクニックにでも行くつもりかしら?
なんてことを思うと同時に、ちょっとガッカリというのが正直なところだ。
そうしてひと月くらい経過した頃、痴漢騒ぎのことなど忘れて、由依美はいつもの電車に乗っていた。車内は相変わらずの混み具合で、ギュウギュウとまでは行かないまでも満員電車には変わりない。
そんな車内で、彼女は再び声を聞いた。
「すみません! どなたか席を譲ってください!」
え? と思って振り向けば、すぐ後ろで女性がしゃがみ込んでいる。そしてなんと、女性を支えているのがあの高校生なのだ。
すぐに前にいた人が席を譲り、彼はそこに女性を座らせる。
ところが次の駅に停車すると、女性を負ぶってさっさと電車を降りてしまった。
そのままホームのベンチに女性を寝かせ、彼は再び何かを叫んでいるようだった。
そんなことがあってから、由依美は気になって気になって仕方がない。一度はわざわざ学校のある駅を降りないで、どこの駅で降りるかを見届けたりもした。
――やっぱり、あの高校なんだ……。
ポマードや煙草の臭いをプンプンさせて、いかにもって高校生ばかりが通うような学校に、彼もやっぱり通っていたのだ。さらにそれから、夏休みが始まるまでのひと月ちょっとで、彼は驚くくらいの変化を見せる。
仁美の言った「大デブ」というのが夢だったのか……? というくらいに、一気にその身体が「小太り」くらいに小さくなった。
――こんな短期間で、ここまで変われるもんなの?
そんな驚きと一緒に、ますます由依美の気持ちも彼の方へと向きつつあった。
そして夏休みが終わった新学期、彼があっと驚くような姿で現れた。
――え? ウソ! ウソだあ〜!
真っ白だった肌が小麦色になって、脂肪が一気に削ぎ落ちている。
人は太ってちゃダメなんだ……と、まさにそんな見本がそこにいた。
――やだ! この人、こんなにいい男だったの?
なんて驚きのまま、ジッと視線を向け過ぎたのだ。まずい! と思った時にはこっちを向いて、そしてなんということか、ニコッと微笑むように両目を大きく見開いた。
その時咄嗟に、慌てて視線を逸らしてしまった。
――あ、わたし、見てませんから!
そんな感じを訴えるように、視線だけを斜め上へと向けたのだ。
そんな失敗があってから、由依美はあえて乗車するところを一つだけ変える。もちろん車両は一緒だし、彼のいる方へ入り込むから、ちょっと見つけるのに時間が掛かるってだけだ。
それからは、特に変わったことは起こらない。
秋が来て、冬が来て、何も起こらないまま……また春が来る。
不思議だったのは、朝はほとんど会えるのに、帰りはまるで一緒にならない。きっと部活か何かやっていて、帰りはずっと遅いのだろう。
そう思っていたのだが、たった一度だけ、帰りの電車に彼の姿があったのだ。
そこにいたのは小太りってだけの高校生で、ぺちゃんこだった鞄も消えて、代わりに薄汚れたリュック――後から聞いた話だが、彼の父親が大昔に使っていた、正真正銘、登山用のものだったらしい――を背負っている。
――学校に行かないで、ピクニックにでも行くつもりかしら?
なんてことを思うと同時に、ちょっとガッカリというのが正直なところだ。
そうしてひと月くらい経過した頃、痴漢騒ぎのことなど忘れて、由依美はいつもの電車に乗っていた。車内は相変わらずの混み具合で、ギュウギュウとまでは行かないまでも満員電車には変わりない。
そんな車内で、彼女は再び声を聞いた。
「すみません! どなたか席を譲ってください!」
え? と思って振り向けば、すぐ後ろで女性がしゃがみ込んでいる。そしてなんと、女性を支えているのがあの高校生なのだ。
すぐに前にいた人が席を譲り、彼はそこに女性を座らせる。
ところが次の駅に停車すると、女性を負ぶってさっさと電車を降りてしまった。
そのままホームのベンチに女性を寝かせ、彼は再び何かを叫んでいるようだった。
そんなことがあってから、由依美は気になって気になって仕方がない。一度はわざわざ学校のある駅を降りないで、どこの駅で降りるかを見届けたりもした。
――やっぱり、あの高校なんだ……。
ポマードや煙草の臭いをプンプンさせて、いかにもって高校生ばかりが通うような学校に、彼もやっぱり通っていたのだ。さらにそれから、夏休みが始まるまでのひと月ちょっとで、彼は驚くくらいの変化を見せる。
仁美の言った「大デブ」というのが夢だったのか……? というくらいに、一気にその身体が「小太り」くらいに小さくなった。
――こんな短期間で、ここまで変われるもんなの?
そんな驚きと一緒に、ますます由依美の気持ちも彼の方へと向きつつあった。
そして夏休みが終わった新学期、彼があっと驚くような姿で現れた。
――え? ウソ! ウソだあ〜!
真っ白だった肌が小麦色になって、脂肪が一気に削ぎ落ちている。
人は太ってちゃダメなんだ……と、まさにそんな見本がそこにいた。
――やだ! この人、こんなにいい男だったの?
なんて驚きのまま、ジッと視線を向け過ぎたのだ。まずい! と思った時にはこっちを向いて、そしてなんということか、ニコッと微笑むように両目を大きく見開いた。
その時咄嗟に、慌てて視線を逸らしてしまった。
――あ、わたし、見てませんから!
そんな感じを訴えるように、視線だけを斜め上へと向けたのだ。
そんな失敗があってから、由依美はあえて乗車するところを一つだけ変える。もちろん車両は一緒だし、彼のいる方へ入り込むから、ちょっと見つけるのに時間が掛かるってだけだ。
それからは、特に変わったことは起こらない。
秋が来て、冬が来て、何も起こらないまま……また春が来る。
不思議だったのは、朝はほとんど会えるのに、帰りはまるで一緒にならない。きっと部活か何かやっていて、帰りはずっと遅いのだろう。
そう思っていたのだが、たった一度だけ、帰りの電車に彼の姿があったのだ。
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