アナザー・デイズ 1977
第1章 〜 5 天野翔太(藤木達哉)(11)
5 天野翔太(藤木達哉)(11)
そうして結果、翔太は彼女の申し出を受け入れる。
苦難に満ちた人生だった。
だからこそ、最後の最後に用意されたこんなことに、
――甘えたからって……きっとお天道様も怒ったりはしないだろう……。
そんなふうに感じて、彼は彼女の望むことすべてを受け入れたのだ。
さらにそれから数ヶ月して、少しずつ体重が落ちていったが、それほど症状自体は悪くなっていなかった頃、再び彼女は驚くようなことを翔太へ告げる。
結婚して欲しい……。
いきなりそう言い出して、大真面目な顔して翔太へ理由を告げるのだった。
「この家、元々別れた夫の持ちもんだったんです。でもまあ、色々あって離婚したんですけど、子供もまだまだ、小さかったしね……苗字、そのままにしたんですよ。でも、その子もすでに結婚しちゃって、孫なんて小学生が二人。だからさ、チャチャっと替えちゃいたいんです。もうね、綾野って苗字。わたし最近、そう呼ばれる度に、嫌で嫌で仕方なくって……」
そうして翔太の顔をじっと見つめて、
「もちろん、それだけじゃないですよ……」
そう続け、悪戯っぽい笑顔をして見せた。
「だってあなたは、私の初恋の人、なんだから……天野さんの方は、まるで全然、一ミリだってわたしのことなんか、覚えてないんでしょうけどね……」
東京に出てきたばかりの頃、彼女は翔太に会っていた。どこでどう出会っていたかは口にしないが、歳を取り、河川敷で話すようになって、少なくとも彼女はあっという間に気付いたらしい。
「相変わらず、天野さんは優しくて、人を助けてばっかりで……だからさ、今度はわたしが、あなたを助けてあげますからね」
力強くそう言って、涙目のまま、さらに満面の笑みを翔太へ向けた。
それから二、三日して、二人は市役所に出向いて籍を入れる。家の表札も「天野」に替えて、翔太にとって初めてとなる結婚生活が始まったのだ。
しかしそんな生活も、さらに二ヶ月が経った頃から一気に様子が変わってしまう。
医者が言っていた通り、まるで鎮痛剤が効かなくなった。日に日に体力が落ち続け、食事もちゃんと食べられない。
痛みの方はモルヒネのお陰で楽にはなるが、体力の方はどうしようもなかった。
風呂に入るのもひと苦労。
一度溺れかかったことで、翔太もいよいよ入院のことを覚悟した。ところがそんなことから数日後、彼は驚くよう事実を知って、考えを一気に改めるのだった。
それは人生の大半を、根こそぎ奪い取られたような驚愕の真実。そんな馬鹿な! と、何度も何度も思ったが、
「あなた、これはね、本当のことなの……今はもう、一般の人だって知ってることよ。まあ昭和の時代に、どう思われていたかは、正直、知らないけど……」
そう言う妻の言葉はどう調べたって正しくて、つまり彼だけが、ずっと騙されていたということなのだ。
――くそっ! くそっ! くそっ!
いくら悪態をついても、何十年もの歳月だけは戻って来ない。涙がとことん溢れ出て、その怒りをぶつけようにもその相手はすでに消え去っている。
彼は次第に、このまま入院するのがどうにも我慢ならなくなった。
――最後のわがままを、許して欲しい
そう告げて、最期まで家にいたいと彼女に告げた。
それから半年、何から何まで妻によって支えられ、彼は自宅での生活を必死に続ける。そうしていよいよ最期という時、彼のまわりにはたくさんの友人たちが集まった。
そのきっかけは、吉崎涼へ連絡したことで、
「いよいよという時が来たら、彼だけには、連絡してください」
携帯番号の書かれたメモを握りしめ、彼が懸命に声にしたのだ。
そこからどういう流れで、こうなったのかはわからない。
小中学校の同級生から施設で知り合った三人組や、保護観察中に世話になった町工場の社長、そして最後の勤め先となった吉崎工業の社員たちまで、驚くくらいに大勢の人間たちが別れを惜しんで集まった。
そうして結果、翔太は彼女の申し出を受け入れる。
苦難に満ちた人生だった。
だからこそ、最後の最後に用意されたこんなことに、
――甘えたからって……きっとお天道様も怒ったりはしないだろう……。
そんなふうに感じて、彼は彼女の望むことすべてを受け入れたのだ。
さらにそれから数ヶ月して、少しずつ体重が落ちていったが、それほど症状自体は悪くなっていなかった頃、再び彼女は驚くようなことを翔太へ告げる。
結婚して欲しい……。
いきなりそう言い出して、大真面目な顔して翔太へ理由を告げるのだった。
「この家、元々別れた夫の持ちもんだったんです。でもまあ、色々あって離婚したんですけど、子供もまだまだ、小さかったしね……苗字、そのままにしたんですよ。でも、その子もすでに結婚しちゃって、孫なんて小学生が二人。だからさ、チャチャっと替えちゃいたいんです。もうね、綾野って苗字。わたし最近、そう呼ばれる度に、嫌で嫌で仕方なくって……」
そうして翔太の顔をじっと見つめて、
「もちろん、それだけじゃないですよ……」
そう続け、悪戯っぽい笑顔をして見せた。
「だってあなたは、私の初恋の人、なんだから……天野さんの方は、まるで全然、一ミリだってわたしのことなんか、覚えてないんでしょうけどね……」
東京に出てきたばかりの頃、彼女は翔太に会っていた。どこでどう出会っていたかは口にしないが、歳を取り、河川敷で話すようになって、少なくとも彼女はあっという間に気付いたらしい。
「相変わらず、天野さんは優しくて、人を助けてばっかりで……だからさ、今度はわたしが、あなたを助けてあげますからね」
力強くそう言って、涙目のまま、さらに満面の笑みを翔太へ向けた。
それから二、三日して、二人は市役所に出向いて籍を入れる。家の表札も「天野」に替えて、翔太にとって初めてとなる結婚生活が始まったのだ。
しかしそんな生活も、さらに二ヶ月が経った頃から一気に様子が変わってしまう。
医者が言っていた通り、まるで鎮痛剤が効かなくなった。日に日に体力が落ち続け、食事もちゃんと食べられない。
痛みの方はモルヒネのお陰で楽にはなるが、体力の方はどうしようもなかった。
風呂に入るのもひと苦労。
一度溺れかかったことで、翔太もいよいよ入院のことを覚悟した。ところがそんなことから数日後、彼は驚くよう事実を知って、考えを一気に改めるのだった。
それは人生の大半を、根こそぎ奪い取られたような驚愕の真実。そんな馬鹿な! と、何度も何度も思ったが、
「あなた、これはね、本当のことなの……今はもう、一般の人だって知ってることよ。まあ昭和の時代に、どう思われていたかは、正直、知らないけど……」
そう言う妻の言葉はどう調べたって正しくて、つまり彼だけが、ずっと騙されていたということなのだ。
――くそっ! くそっ! くそっ!
いくら悪態をついても、何十年もの歳月だけは戻って来ない。涙がとことん溢れ出て、その怒りをぶつけようにもその相手はすでに消え去っている。
彼は次第に、このまま入院するのがどうにも我慢ならなくなった。
――最後のわがままを、許して欲しい
そう告げて、最期まで家にいたいと彼女に告げた。
それから半年、何から何まで妻によって支えられ、彼は自宅での生活を必死に続ける。そうしていよいよ最期という時、彼のまわりにはたくさんの友人たちが集まった。
そのきっかけは、吉崎涼へ連絡したことで、
「いよいよという時が来たら、彼だけには、連絡してください」
携帯番号の書かれたメモを握りしめ、彼が懸命に声にしたのだ。
そこからどういう流れで、こうなったのかはわからない。
小中学校の同級生から施設で知り合った三人組や、保護観察中に世話になった町工場の社長、そして最後の勤め先となった吉崎工業の社員たちまで、驚くくらいに大勢の人間たちが別れを惜しんで集まった。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
1512
-
-
11128
-
-
4
-
-
49989
-
-
1
-
-
1168
-
-
149
-
-
37
-
-
55
コメント