アナザー・デイズ 1977

kenji sugiuchi

第1章 〜 5 天野翔太(藤木達哉)(10)

   5 天野翔太(藤木達哉)(10)



「わたし一応、介護士なんてやってるから、薬のこととか結構知ってるんです。だから、まさかと思って、処方箋と一緒に入っていた病院の領収書を見て、通われている病院に行って、話を聞いてきたんです」
 こんな強い薬を処方された理由を知りたい……しかしいくらそう頼んでも、担当の医師さえ教えてはもらえない。ところが運のいいことに、ちょうどナースセンター前を通りかかった医師が、偶然彼の名前を耳にした。
「私が、大騒ぎしたんです。天野翔太って患者を診察したのは誰だって、誰か教えてくれって、大きな声で、騒いだものだから……」
 不意に、そんなシーンが思い浮かんで、翔太の心がほんの少しだけザワめいた。
 と、同時に、
 ――どうして?
 という疑問が口を突いて出そうになるが、それより彼女の声が先だった。
「そのお医者さん、聞いてきたのよ……お知り合いですかって……だから言ったの、これから一緒に、あなたと暮らすつもりだからってね……」
 なのに、彼が病気のことを教えてくれない。
 だから仕方なく、彼のためにやってきたんだと力強く声にして、彼女は現れた医師をここぞとばかりに睨みつけた。
 すると医師が困ったように、
 ――本当は、こう言うことはダメなんですけど……。
 そう告げてから、彼女を誰もいない診察室へと誘ったのだ。
「そこで、天野さんが治療すべてを断ったことや、どうしてそうしたいと考えたのかを、そのお医者さんにお聞きました。でも、実際は、そんな簡単なことじゃないんだって、今だって天野さん、かなり痛みはひどい筈だし、いずれ近いうちに、鎮痛剤じゃ抑えられなるからと、そう仰って……」
 ――それに、まだ可能性もゼロじゃない。
 ――だからあなたから、治療を受けるよう説得して欲しい。
 若い医者はそう続け、彼女に頭を下げたのだった。 
「でも、わたし分かります。施設から入院して、治療にトコトン苦しんで、結局そのまま亡くなっちゃう方を、これまでたくさん見てきましたし……だから、いいじゃないですか……やれるところまで自由に生きて、どうしようもなくなったところで入院する。わたしも、天野さんの決断、いいと思います。それにね、そんなのって、一人っきりより、ふたりで居た方が、断然いいに、決まってるんだから……」
 彼女はそこまで一気に話し、再び廊下の先へと歩き出した。
 一方翔太の方は呆気に取られ、なす術もなく立ち尽くすのだ。
 そして、どのくらいの時間が経ったのか……?
 きっと、一分とか二分くらいの経過だろう。
 しかし翔太にとっては永遠ってくらいの時に感じられ、
 ――どうする? 
 ――どうしたらいい?
 次の行動を考えあぐねて、声が掛かるまでただただその場に立っていた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品