アナザー・デイズ 1977
第1章 〜 5 天野翔太(藤木達哉)(4)
   5 天野翔太(藤木達哉)(4)
   治療は一切行わない。
抗がん剤や放射線治療、そしてさらには免疫療法も必要ないと、彼は医師に向かって言い切ったのだ。
幸い天野翔太には貯金があって、半年や一年なら普通に暮らすことができそうだった。そんなことを退院後に知って、達哉は考えに考えてそんな結論に至っていた。
借金を払い終わって、きっと我慢に我慢を重ねて溜め込んだ金だ。もちろん残す相手もいないから、気兼ねすることなく使い切れる。
きっと治療をはじめてしまえば、普通の生活などできなくなってしまうのだ。副作用なんかもあるだろうし、身体が弱って自由が効かなくなるのは目に見えている。
――だったら、
――どうせ死んでしまうなら、
――それまで自由気ままに生きてやろう!
不思議なくらいスパッと決まって、彼はそんな気持ちを医師へと告げた。さらに吉崎涼を呼び出して、仕事を辞めさせて欲しいと告げるのだった。
当然彼は大反対で、理由を聞くまで受け入れられない……と言い張った。
それでも許して欲しいと懸命に告げて、達哉はただただ頭を下げる。
そうしてようやく吉崎涼も諦めた。
気が変わったら、いつでもいいから連絡が欲しいと言い残し、悲しそうな顔して車に乗り込み帰っていった。
それからは、朝から晩まで、したいことをして一日を過ごした。
朝起きて、好きなところを散歩する。それからずいぶん遅い朝食を取り、だいたいは本屋に出掛けて気に入った本を買う。
最初の一週間は、本ばかり読んで一日が終わった。きっと本来の達哉であれば、こんなこと絶対したいなどとは思わない。
天野翔太としての記憶が戻ったせいか、日に日に達哉だった頃の記憶が薄れ、ふと気付けばただただ天野翔太を生きている。そんなことに気付いても、その頃の彼はそれほどショックを受けないでいられた。
癌だと知って、ひと月近くが経った頃だ。
いつものように散歩していて、いきなり何かにつまずいた。
身体がフワッと前のめりになって、
――まずい!
以前の入院騒ぎが頭を過り、慌てふためいて足を必死に動かしたのだ。
それがかえって大失敗。踏み出そうとした足が地べたをこすって、そのまま頭から突っ込んでしまった。
思わず「うわっ」と声を上げ、左の頬と地べたがガツンとブツかる。
あまりの痛みにしばらくうずくまったまま動くことができない。
そうしてようやく、彼が立ち上がろうと決意した時だ。
「大丈夫ですか!?」
走り寄る足音とともに、女性の慌てた声が耳に届いた。それからすぐに胸の辺りに手が差し込まれ、誰かが抱き起こそうとしてくれる。
そんな女性の手を借りて、彼がなんとか立ち上がって見れば、正面に見知らぬ女性が立っていて、心配そうに見つめる顔が真正面にあった。
彼は礼を言おうとその女性を見つめ、実際ひと言ふた言何かを告げた。
「すみません」だったか、「ありがとう」と言ったのか、とにかく声にした後すぐ、続ける言葉を失ってしまった。
――俺はこの人と、どこかで会ったことがある!
――それは、なんでだ?
頭の中でそうなった理由を必死に探し、
――この時代でか? それとも以前でだったか?
――いや、それならとっくに墓の中だ!
そう感じた瞬間に、目の前の女性が不安げな笑みを浮かべて、彼に向かって問いかけたのだ。
   治療は一切行わない。
抗がん剤や放射線治療、そしてさらには免疫療法も必要ないと、彼は医師に向かって言い切ったのだ。
幸い天野翔太には貯金があって、半年や一年なら普通に暮らすことができそうだった。そんなことを退院後に知って、達哉は考えに考えてそんな結論に至っていた。
借金を払い終わって、きっと我慢に我慢を重ねて溜め込んだ金だ。もちろん残す相手もいないから、気兼ねすることなく使い切れる。
きっと治療をはじめてしまえば、普通の生活などできなくなってしまうのだ。副作用なんかもあるだろうし、身体が弱って自由が効かなくなるのは目に見えている。
――だったら、
――どうせ死んでしまうなら、
――それまで自由気ままに生きてやろう!
不思議なくらいスパッと決まって、彼はそんな気持ちを医師へと告げた。さらに吉崎涼を呼び出して、仕事を辞めさせて欲しいと告げるのだった。
当然彼は大反対で、理由を聞くまで受け入れられない……と言い張った。
それでも許して欲しいと懸命に告げて、達哉はただただ頭を下げる。
そうしてようやく吉崎涼も諦めた。
気が変わったら、いつでもいいから連絡が欲しいと言い残し、悲しそうな顔して車に乗り込み帰っていった。
それからは、朝から晩まで、したいことをして一日を過ごした。
朝起きて、好きなところを散歩する。それからずいぶん遅い朝食を取り、だいたいは本屋に出掛けて気に入った本を買う。
最初の一週間は、本ばかり読んで一日が終わった。きっと本来の達哉であれば、こんなこと絶対したいなどとは思わない。
天野翔太としての記憶が戻ったせいか、日に日に達哉だった頃の記憶が薄れ、ふと気付けばただただ天野翔太を生きている。そんなことに気付いても、その頃の彼はそれほどショックを受けないでいられた。
癌だと知って、ひと月近くが経った頃だ。
いつものように散歩していて、いきなり何かにつまずいた。
身体がフワッと前のめりになって、
――まずい!
以前の入院騒ぎが頭を過り、慌てふためいて足を必死に動かしたのだ。
それがかえって大失敗。踏み出そうとした足が地べたをこすって、そのまま頭から突っ込んでしまった。
思わず「うわっ」と声を上げ、左の頬と地べたがガツンとブツかる。
あまりの痛みにしばらくうずくまったまま動くことができない。
そうしてようやく、彼が立ち上がろうと決意した時だ。
「大丈夫ですか!?」
走り寄る足音とともに、女性の慌てた声が耳に届いた。それからすぐに胸の辺りに手が差し込まれ、誰かが抱き起こそうとしてくれる。
そんな女性の手を借りて、彼がなんとか立ち上がって見れば、正面に見知らぬ女性が立っていて、心配そうに見つめる顔が真正面にあった。
彼は礼を言おうとその女性を見つめ、実際ひと言ふた言何かを告げた。
「すみません」だったか、「ありがとう」と言ったのか、とにかく声にした後すぐ、続ける言葉を失ってしまった。
――俺はこの人と、どこかで会ったことがある!
――それは、なんでだ?
頭の中でそうなった理由を必死に探し、
――この時代でか? それとも以前でだったか?
――いや、それならとっくに墓の中だ!
そう感じた瞬間に、目の前の女性が不安げな笑みを浮かべて、彼に向かって問いかけたのだ。
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