アナザー・デイズ 1977

kenji sugiuchi

第1章 〜 4  山代勇(8)

 4  山代勇(8)
 


 山代勇が翔太の部屋に忍び込み、慌てて窓から逃げ出していた。 
「山さん……」
 父親であろう男の名を呟いて、翔太はそこでやっと部屋の電気を点けたのだった。
 部屋は見事に荒らされていて、衣類やら何やらが所狭しと散らばっている。
 そんなのを見ても、もはや何も感じなかった。
 実の父親が息子の住まいに押し入って、金目のものを漁って逃げた。そんな現実にショックを受けて、翔太はただただその場に立ち尽くすのだ。
 ――どうせ、盗まれるものなんて、何もないんだから……。
 だから追い掛ける意味さえないと、彼は疑うことなくそう思う。
 ところがその日はそうじゃなかった。片付けは後にして寝てしまおうと、彼が再び布団に就こうとした時だ。
 ――まさか……?
 脳裏に浮かんだ疑念を、翔太はしばし……微動だにせず考える。
 ――知ってる、筈がない!
「DEZOLVE」のことは、当然知っているだろう。
 しかしもしも、もう一方の働き口まで嗅ぎ付けていたなら、
 ――俺を、尾けたのか?
 となれば、話は一気に変わってくるのだ。
 翔太は慌てて立ち上がり、正面にある壁まで走り寄った。
 そこには昼間着ていたジャケットが掛けてあり、一見変わった様子は見られない。
 ――考え過ぎ、だったのか?
 彼はほんの少し「ホッ」として、ジャンパーの内ポケットへ手を伸ばす。
 ところだった。
 何も、入っていないのだ。
 反対側にも手を突っ込んだ。
 衣紋掛けからジャンパーを外し、あっちこっちを弄ってみる。
 それでも何も出てこない。終いにはジャケットを上下左右に振り回してみるが、生地の擦れ合う音が聞こえてくるだけ……。
 彼は「クソっ」と呟き、その場に崩れるようにしゃがみ込んだ。
 バーの給料とは違って、日雇いの仕事は日払いが原則。それでも少しの無駄使いさえ防ごうと、彼は三ヶ月ごとの支給をわざわざ頼み込んでいた。
 そうして手渡しされた三ヶ月分を、次の日にそのまま金融業者へ持っていく。
 そんな日雇いの給料の日が、実は昨日だったのだ。
 そこそこ厚い封筒を受け取り、それをジャンパーの内ポケットに押し込んだ。どうせまた着るジャンパーだから、次の日まで入れっぱなしにするのもいつものこと。
 それをまんまと見つけ出し、山代はどんな顔して喜んだのか?
 ――クソっ! いい加減にしてくれよ!
 まるで疫病神だった。望んでいた父親なんかじゃまるでなく、翔太を苦しめるために出現したとしか言いようがない。
「ふざけるな……ばか、やろう……」
 思わず、声になっていた。
「どうしてなんだ……え? どうしてだよ……?」
 そう呟きながら、彼はゆっくり窓際に近づいて、闇夜に向かって大声を上げる。
「ふざけるな! バカ野郎!!」
 涙がポロポロ溢れ出て、何度もおんなじ言葉を叫び続けた。
 きっと今頃、スキップでもしながらどこかの夜道を歩いている……そんな想像が次から次へと現れて、彼の言葉はさらに毒気を帯びていくのだ。
「山代てめえ! この野郎!」
「地獄に、堕ちやがれ!」
「今度会ったら、絶対殺してやるぞ!」

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