アナザー・デイズ 1977
第1章 〜 4 山代勇(5)
4 山代勇(5)
――どうしたんだろう?
そう思いつつも、翔太にとってはそれほど大きな変化じゃなかった。
ところがこんなことはまだ序の口で、本当の事件はそれから三日後に姿を見せた。
「天野さん、だよね。天野翔太さん……」
アパートの前に停まっていた車から、突然そんな声が翔太に掛かった。
立ち止まった彼の前に、ドアが開いて、いかにもって感じの男が現れる。
「ちょっと、お話いいですかね?」
身長こそ翔太より低いが、それ以上に〝がたい〟の良さが際立つ男がそう続けた瞬間、彼の脳裏に浮かび上がったのは山代のことだった。
――やっぱり、借金のせいで!?
となれば翔太も無視などできない。だから言われた通りに車に乗り込み、それでも所詮他人事だ……という、どこか安心している自分がいたのだ。
ところがまるでそうじゃなく、翔太はまさしく当事者だった。
「どうして……?」
――どうしてだよ!
何度も何度も声にして、それ以上に心に強く問い掛けた。
「仕方がねえよなあ……実の親父だっていうんだからよ。ここはまあ一発、素直に払っちゃくれまいかねえ〜」
何が何だかわからなかった。
ただ少なくとも、どうしてこうなったかだけはすぐに理解できたのだ。
「山代の野郎がさ、雲隠れしやがったのよ。まあ、見つけようと思えば見つけられるさ。でもよ、人手も時間もかかるだろ? それにさ、ありゃあ、どうしようもねえやつだからよ、いつ〝おっちんじゃう〟かもわからんし、まあさ、あんたの方が若いしね、真面目そうだから、確実だってことなのよ……」
「借金って……いくら、なんですか? それに、どうして山代さんが……?」
「まあよ、その辺はさ、これからじっくり教えてやるから……」
それ以降は、何を聞いても男は黙ったままだった。
そうして古びたビルに連れ込まれ、金融業者らしい会社の一室で説明を聞いた。
それでもワケがわからなかった。
どうして自分が払わなきゃならない?
何度もそんな自問自答を繰り返し、それでも結局、翔太は念書にサインした。
「まあよ、どうしようもねえ野郎だがさ、それでもアイツがいなかったらよ、あんただってこの世に生まれてねえんだから、ま、そこんところでさ、よろしく頼むよ」
それが、男の発した最後のセリフで、翔太も実際おんなじことを考えていた。
子供の頃、ずっと思い続けていた父親が、やっと目の前に現れた。
残念ながら消え失せて、さらに借金まで押し付けられたが、それでも生きていたってことには変わりない。
山代はきっと、アパートで何かを見つけて知ったのだ。
母親が死んで施設に移った時に、母の持っていた母子手帳と二冊のアルバム、そしてほんの少しの身の回りのものだけ持ってアパートを出た。
だからきっと、母子手帳かアルバムだ。
どっちを見たって気付くだろうし、だから病室に現れた時、どうにも様子が変だった。
――だからって、どうして借金ってことになるんだよ!
「天野由美子ってさ、あんたの母ちゃんだろ? その天野由美子って女とさ、あの山代との間に生まれたのがあんた、天野翔太くんって、ワケなんだよ……」
そう言って差し出された白黒写真に、母、由美子だろう若い女性と、やっぱり若々しい山代の姿が写っていた。二人は頬をピタッと寄せ合って、どう見たって恋人同士だって感じに見える。
「だからよ、グダグダ言わずに、念書にサインしてくださいよ」
月々利息分の十万円を返済し、元本についてはある時払いでいいとある。
それではいったい、返し終わるのはいつ頃になるのか? そんな疑問を心で幾度も唱えつつ、翔太は男の事務所を後にした。
それから地獄のような生活が始まった。
――どうしたんだろう?
そう思いつつも、翔太にとってはそれほど大きな変化じゃなかった。
ところがこんなことはまだ序の口で、本当の事件はそれから三日後に姿を見せた。
「天野さん、だよね。天野翔太さん……」
アパートの前に停まっていた車から、突然そんな声が翔太に掛かった。
立ち止まった彼の前に、ドアが開いて、いかにもって感じの男が現れる。
「ちょっと、お話いいですかね?」
身長こそ翔太より低いが、それ以上に〝がたい〟の良さが際立つ男がそう続けた瞬間、彼の脳裏に浮かび上がったのは山代のことだった。
――やっぱり、借金のせいで!?
となれば翔太も無視などできない。だから言われた通りに車に乗り込み、それでも所詮他人事だ……という、どこか安心している自分がいたのだ。
ところがまるでそうじゃなく、翔太はまさしく当事者だった。
「どうして……?」
――どうしてだよ!
何度も何度も声にして、それ以上に心に強く問い掛けた。
「仕方がねえよなあ……実の親父だっていうんだからよ。ここはまあ一発、素直に払っちゃくれまいかねえ〜」
何が何だかわからなかった。
ただ少なくとも、どうしてこうなったかだけはすぐに理解できたのだ。
「山代の野郎がさ、雲隠れしやがったのよ。まあ、見つけようと思えば見つけられるさ。でもよ、人手も時間もかかるだろ? それにさ、ありゃあ、どうしようもねえやつだからよ、いつ〝おっちんじゃう〟かもわからんし、まあさ、あんたの方が若いしね、真面目そうだから、確実だってことなのよ……」
「借金って……いくら、なんですか? それに、どうして山代さんが……?」
「まあよ、その辺はさ、これからじっくり教えてやるから……」
それ以降は、何を聞いても男は黙ったままだった。
そうして古びたビルに連れ込まれ、金融業者らしい会社の一室で説明を聞いた。
それでもワケがわからなかった。
どうして自分が払わなきゃならない?
何度もそんな自問自答を繰り返し、それでも結局、翔太は念書にサインした。
「まあよ、どうしようもねえ野郎だがさ、それでもアイツがいなかったらよ、あんただってこの世に生まれてねえんだから、ま、そこんところでさ、よろしく頼むよ」
それが、男の発した最後のセリフで、翔太も実際おんなじことを考えていた。
子供の頃、ずっと思い続けていた父親が、やっと目の前に現れた。
残念ながら消え失せて、さらに借金まで押し付けられたが、それでも生きていたってことには変わりない。
山代はきっと、アパートで何かを見つけて知ったのだ。
母親が死んで施設に移った時に、母の持っていた母子手帳と二冊のアルバム、そしてほんの少しの身の回りのものだけ持ってアパートを出た。
だからきっと、母子手帳かアルバムだ。
どっちを見たって気付くだろうし、だから病室に現れた時、どうにも様子が変だった。
――だからって、どうして借金ってことになるんだよ!
「天野由美子ってさ、あんたの母ちゃんだろ? その天野由美子って女とさ、あの山代との間に生まれたのがあんた、天野翔太くんって、ワケなんだよ……」
そう言って差し出された白黒写真に、母、由美子だろう若い女性と、やっぱり若々しい山代の姿が写っていた。二人は頬をピタッと寄せ合って、どう見たって恋人同士だって感じに見える。
「だからよ、グダグダ言わずに、念書にサインしてくださいよ」
月々利息分の十万円を返済し、元本についてはある時払いでいいとある。
それではいったい、返し終わるのはいつ頃になるのか? そんな疑問を心で幾度も唱えつつ、翔太は男の事務所を後にした。
それから地獄のような生活が始まった。
コメント