アナザー・デイズ 1977
第1章 〜 4 山代勇(3)
4 山代勇(3)
「なあ、翔太。たまにはよ、早く閉めちまおうか?」
「え? いいですけど、オーナーに怒られませんか?」
「このまま開けてたって、今日みたいな日に、客なんて入りゃしねえって……」
そう言って、さっさと看板の電源を切ってしまった。
その夜は風が強い上に大雨で、駅前の通りも閑散としている。電車が着いてしばらくは人の流れもあるのだが、あっという間にどこかへ消え去ってしまうのだ。
だから素直に思うのだった。
――こんな日に、どこかへ寄ろうなんて思わないよな……。
とは言え、閉店にはまだ三時間もある。後ろめたい気持ちを抱きつつ、ここに座れと指差す山代の隣に腰を下ろした。
彼はグラスにウイスキーをなみなみ注いで、翔太の前に差し出した。
琥珀色の液体を見つめ、翔太は囁くように言ったのだ。
「俺、ストレート、厳しいっすよ〜」
「なんだ、やっぱりお坊ちゃんだな」
「勘弁してくださいって、俺だってそれなりに、辛い人生歩んできたんですよ……」
そう言いながら、翔太はカウンターに置かれたアイスボックスに手を伸ばした。
「それでもお袋がね、中一で死ぬまでは、まあ、普通に生きていたんですけど」
それからあった様々な出来事を、彼はざっくり話して聞かせた。
「ふうん、そうなんだ。俺もまあ、似たようなもんだけど、それでもなんかな、違うんだよ、お前さんはさ、なんだか拗ねてねえって、かさ……」
「山さん、バカ言わないでください。思いっきり世を拗ねてますよ、僕は……」
「ほれ、〝僕〟なんて言うのはな、やっぱ、お坊ちゃんだよ!」
そう言って大笑いする山代を、翔太は嬉しそうな顔して見つめ返した。
ここのオーナーと面接した時、彼は正直諦めていた。
「そう、天涯孤独なんだ……そりゃ、大変だね……」
なんて言いながら、その顔には「NO」の二文字が浮かんで見えた。
「でもな、俺だって似たようなもんだしよ。だから言ってやったんだ。親がいて、子供がいたって馬鹿な野郎はたくさんいるぜって。逆に、そんなのがいない方が、一生懸命働くもんだって、言ってやったさ!」
そんなマスターの助言が効いて、翔太の就職はなんとか決まった。
それから数ヶ月が過ぎた頃には、「翔太」「山さん」と呼び合う仲になっている。
山代も若い頃に両親を亡くし、今も単身アパート暮らしで家族はいない。だから店が休みとなる月曜日には、翔太は何かと付き合わされた。
山代はとにかく賭け事が好きで、競輪や競艇ばかりをやりたがるのだ。
「人生ってのは一度っきりだぜ! 大穴を狙わないでどうするよ!」
なんてことを言いながら、終わってみればスッカラカンだ。
借金だってあるのだろう。
たまに店にも催促らしい電話がある。
そんな時、彼は何度も頭を下げ、電話を切った後必ず何か毒吐いた。
「うるせんだよ! 馬鹿野郎!」などと声にして、すぐに戯けた顔を翔太に向ける。
実際、ダラしないところもたくさんあって、その最たるものが酒だった。
ちょこちょこ客の目を盗んでは、ボトルからショットグラスにササっと注ぐ。それを素知らぬ顔してグイッと喉奥に流し込み、彼はなんとも嬉しそうな顔して見せるのだ。
それで特に酔っ払ったふうでもないのだから、よっぽどアルコールに強いのだろう。
これで女性問題でも絡んでくれば、三拍子揃った道楽オトコってことになる。
「もうよ、オンナは懲り懲りだ……」
結婚は、もう考えていないのか?――という問いへの答えがこうだから、きっと若い頃はそうだったのかもしれない。
とにかくそんなマスターのいるバーは、彼にとって申し分なく、こんな生活がしばらく続くと思っていたのだ。
ところが勤め始めて半年とちょっとした頃、驚くような事件が起きる。
その年の十二月、年も押し迫ってきたせいで、バイク便の仕事が次から次へと舞い込んだ。業務委託という立場から、依頼はなかなか断り難い。だからバーへの時刻ギリギリまで、翔太はバイクを必死に走らせたのだった。
そうして依頼品すべて片付け、そこから直接バーに向かおうとする。
駅へと続く大通りに差し掛かった時、手前の小道に黒い何かが落ちていた。
――カバンか?
などと思いながら、バイクを減速させて黒い塊を避けようとしたのだ。
重心を少しだけ右に倒して、ハンドルを微かに傾ける。そのままさらに減速をして、大通り手前で一旦停止……そんなイメージ通りに身体を傾けようとした時だった。
その瞬間、突然何かが飛び出してくる。
住宅の垣根から現れたものが、あっという間にバイクの前に躍り出た。
「なあ、翔太。たまにはよ、早く閉めちまおうか?」
「え? いいですけど、オーナーに怒られませんか?」
「このまま開けてたって、今日みたいな日に、客なんて入りゃしねえって……」
そう言って、さっさと看板の電源を切ってしまった。
その夜は風が強い上に大雨で、駅前の通りも閑散としている。電車が着いてしばらくは人の流れもあるのだが、あっという間にどこかへ消え去ってしまうのだ。
だから素直に思うのだった。
――こんな日に、どこかへ寄ろうなんて思わないよな……。
とは言え、閉店にはまだ三時間もある。後ろめたい気持ちを抱きつつ、ここに座れと指差す山代の隣に腰を下ろした。
彼はグラスにウイスキーをなみなみ注いで、翔太の前に差し出した。
琥珀色の液体を見つめ、翔太は囁くように言ったのだ。
「俺、ストレート、厳しいっすよ〜」
「なんだ、やっぱりお坊ちゃんだな」
「勘弁してくださいって、俺だってそれなりに、辛い人生歩んできたんですよ……」
そう言いながら、翔太はカウンターに置かれたアイスボックスに手を伸ばした。
「それでもお袋がね、中一で死ぬまでは、まあ、普通に生きていたんですけど」
それからあった様々な出来事を、彼はざっくり話して聞かせた。
「ふうん、そうなんだ。俺もまあ、似たようなもんだけど、それでもなんかな、違うんだよ、お前さんはさ、なんだか拗ねてねえって、かさ……」
「山さん、バカ言わないでください。思いっきり世を拗ねてますよ、僕は……」
「ほれ、〝僕〟なんて言うのはな、やっぱ、お坊ちゃんだよ!」
そう言って大笑いする山代を、翔太は嬉しそうな顔して見つめ返した。
ここのオーナーと面接した時、彼は正直諦めていた。
「そう、天涯孤独なんだ……そりゃ、大変だね……」
なんて言いながら、その顔には「NO」の二文字が浮かんで見えた。
「でもな、俺だって似たようなもんだしよ。だから言ってやったんだ。親がいて、子供がいたって馬鹿な野郎はたくさんいるぜって。逆に、そんなのがいない方が、一生懸命働くもんだって、言ってやったさ!」
そんなマスターの助言が効いて、翔太の就職はなんとか決まった。
それから数ヶ月が過ぎた頃には、「翔太」「山さん」と呼び合う仲になっている。
山代も若い頃に両親を亡くし、今も単身アパート暮らしで家族はいない。だから店が休みとなる月曜日には、翔太は何かと付き合わされた。
山代はとにかく賭け事が好きで、競輪や競艇ばかりをやりたがるのだ。
「人生ってのは一度っきりだぜ! 大穴を狙わないでどうするよ!」
なんてことを言いながら、終わってみればスッカラカンだ。
借金だってあるのだろう。
たまに店にも催促らしい電話がある。
そんな時、彼は何度も頭を下げ、電話を切った後必ず何か毒吐いた。
「うるせんだよ! 馬鹿野郎!」などと声にして、すぐに戯けた顔を翔太に向ける。
実際、ダラしないところもたくさんあって、その最たるものが酒だった。
ちょこちょこ客の目を盗んでは、ボトルからショットグラスにササっと注ぐ。それを素知らぬ顔してグイッと喉奥に流し込み、彼はなんとも嬉しそうな顔して見せるのだ。
それで特に酔っ払ったふうでもないのだから、よっぽどアルコールに強いのだろう。
これで女性問題でも絡んでくれば、三拍子揃った道楽オトコってことになる。
「もうよ、オンナは懲り懲りだ……」
結婚は、もう考えていないのか?――という問いへの答えがこうだから、きっと若い頃はそうだったのかもしれない。
とにかくそんなマスターのいるバーは、彼にとって申し分なく、こんな生活がしばらく続くと思っていたのだ。
ところが勤め始めて半年とちょっとした頃、驚くような事件が起きる。
その年の十二月、年も押し迫ってきたせいで、バイク便の仕事が次から次へと舞い込んだ。業務委託という立場から、依頼はなかなか断り難い。だからバーへの時刻ギリギリまで、翔太はバイクを必死に走らせたのだった。
そうして依頼品すべて片付け、そこから直接バーに向かおうとする。
駅へと続く大通りに差し掛かった時、手前の小道に黒い何かが落ちていた。
――カバンか?
などと思いながら、バイクを減速させて黒い塊を避けようとしたのだ。
重心を少しだけ右に倒して、ハンドルを微かに傾ける。そのままさらに減速をして、大通り手前で一旦停止……そんなイメージ通りに身体を傾けようとした時だった。
その瞬間、突然何かが飛び出してくる。
住宅の垣根から現れたものが、あっという間にバイクの前に躍り出た。
「アナザー・デイズ 1977」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
3万
-
4.9万
-
-
5,217
-
2.6万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
8,191
-
5.5万
-
-
164
-
253
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
2,534
-
6,825
-
-
614
-
221
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
6,681
-
2.9万
-
-
614
-
1,144
-
-
1,301
-
8,782
-
-
86
-
288
-
-
14
-
8
-
-
450
-
727
-
-
42
-
14
-
-
62
-
89
-
-
1,000
-
1,512
-
-
218
-
165
-
-
6,237
-
3.1万
-
-
398
-
3,087
-
-
220
-
516
-
-
23
-
3
-
-
89
-
139
-
-
104
-
158
-
-
62
-
89
-
-
27
-
2
-
-
42
-
52
-
-
7,474
-
1.5万
-
-
1,658
-
2,771
-
-
51
-
163
-
-
1,391
-
1,159
-
-
215
-
969
-
-
183
-
157
-
-
3,548
-
5,228
-
-
408
-
439
-
-
6,199
-
2.6万
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
9,545
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,173
-
2.3万
コメント