アナザー・デイズ 1977

kenji sugiuchi

第1章 〜 3 天野翔太(8)

 3 天野翔太(8)



「でも、そうなったって、断りゃよかった……くそっ、俺のせいで……俺の、せいで、あいつは……あいつは……」
 そうして林田に殴り掛かり、逆にとことんボコボコにされた。
 気付けば夜になっていて、慌てて施設に戻ってきたってことらしい。
「それで、どうして俺に? こんな、話を……」
「誰かに、真実を知っておいて、欲しかったんだ。お前なら、軽々しく、人に喋ったりしないだろうしよ。何より絵里香も、お前になら、話していいって、言ってくれそうだったし、な……」
 そうして荒井はその日を最後に、二度と翔太の前に現れない。
 施設にも黙って、彼はどこかへ消え去ってしまった。
 もちろん警察にも届けを出して、翔太も行きそうなところを必死になって探し回った。
 しかし誰一人彼から行き先を聞いてはおらず、ひと月経ってもなんの手がかりも得られなかった。
 その間も施設では、林田が平然と働いていて、翔太は何度も殴りかかりたいという衝動を懸命に堪える。
 そしてあと数日で、ふた月が経とうかという頃だった。
 長野の山中で、荒井の死体が発見された。
 地元の人間でも滅多に入って行かない山奥で、彼は一人で酒を飲み、酔った状態で川底へと転がり落ちて死んでいた。
 事件性はないそうで、警察では事故だという結論を出した。そんな説明が施設長からされた時、食堂には入居者全員が集まって、もちろん翔太もその場にいたのだ。
 しかしその視線は施設長へは向けられず、ずっと林田の方を向いている。そうして話が終わりかけた時、翔太は思わず声にしていた。
「死後、どのくらいだったんですか?」
「ああ、死後、そう、死後ねえ……多分、ひと月とか、くらいだったかな……」
「あの、それじゃあ、荒井さんの身体に、殴られた痕とか、不自然な傷とかなかったんですか? 川に落ちた時に付いたのとは、明らかに違うってやつ……」
「不自然な傷? うん、そういう話は、聞いてないな」
「それじゃあ、どうして長野なんかに、彼は、どうして……?」
「さあ、どうしてなんだろうねえ……残念だけど、その辺はわからないなあ……」
 ――こいつ、真剣に聞いてきてねえな!?
「他殺って可能性は、ないんですか?」
「他殺? え? 誰かにって、ことかい?」
 ――当たりめえだろうがよ!!
「う〜ん、そこまでは、聞いてこなかったなあ〜」
 そう言って、施設長は困ったような顔して頭をかいた。
 ――こいつに、何を聞いたってダメだ!
 所詮、身寄りのない孤児なんだからと、大まかなことしか聞いてやしない。だから明日にでも警察に出向いて、詳しい状況を聞いてこよう――と、彼がそう考えた時だった。
 再び向けた視線の先で、林田の顔が歪んで見えた。
 広角を上げ、妙に目を細めて辛そうにも見える。
 ところがまるでそうじゃなかった。
 ――笑ってる、のか?
 辛そうどころじゃぜんぜんなくて、
 ――あの野郎、笑っていやがる!
 すぐに元の表情に戻ったが、アレは笑いを抑えている顔そのものだ。
 思わず足が一歩に出た。
 ちょうどその寸前、施設長の声が響いて、集まっていた全員が四方八方へ動き出す。
 二歩目が林田に向く前に、彼にも声が掛かるのだった。
「天野くん、ちょっといいか?」
 施設長から声が掛かり、爆発寸前だった感情がほんの少しだけ萎んでくれる。
 それでも不機嫌そうな顔付きのまま、彼は施設長の目の前まで近付いた。
 ――何か知ってることがあるなら、隠さずにわたしに教えて欲しい。
 すると施設長からそんなことを言われ、
 ――さっきのことは、もう一度、警察に行って聞いてくるから……。
 そんなことを告げられ、ほんの一瞬だけだったが、話してしまおうかという思いが頭を過ぎった。しかしすぐに、荒井の言葉が蘇るのだ。
 ――この施設だって、言ってみりゃあ、組の下部組織みたいなもんよ……だからさ……。
 だからなんだと言おうとしたのか? 
 そこんところは不明だが、ただとにかく……、
 ――こいつだって、信用できない……。
 だから何も知らないと答えて、食堂から立ち去ろうとした時だった。
 振り返った翔太の前に、林田が笑顔で立っている。
 それでも彼はそのまま通り過ぎようとした。
 すると待ってましたとばかりに、林田の声が響き渡るのだ。
「えらい! えらい!」
 慌てて振り返った彼の目に、林田の満面の笑みが飛び込んだ。
「いい子でいるんだよ、天野くん〜」
 なんて声が続いたが、そんな言葉以上に衝撃だった。
 ――笑って、る?
 林田の後ろに施設長がいて、その顔が広角を上げ、満足そうに目を細めている。
 ――やっぱり、こいつら……。
 そんな認知と同時に、彼の覚悟も定まったのだ。

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