アナザー・デイズ 1977
第1章 〜 3 天野翔太(6)
3 天野翔太(6)
「お前さ、脚、〝びっこ〟ひいてねえ?」
何人かにはそんな言葉を言われたが、ほとんどの生徒は翔太の前では口にしない。
きっと裏ではいろんなことを囁かれていた筈だ。
しかしそれでも、彼が口を開かなかったせいで、あっという間に屋上でのことは忘れ去られていったのだった。
「呼び出した三人がいなかったので、仕方ないから暇つぶしに、フェンスによじ登って景色を見ていたんです」
それで……手を滑らせた。
きっとそれだけじゃないって思ったろうが、本人がそう言うんだから、〝そうだ〟ってことにしておくか……なんて印象ありありで決着が付いていた。
それからリハビリを頑張って、多少引きずる感じは残ったものの、翔太はしっかり歩けるようになり無事退院。
それから、あの三人組は不思議なくらいチョッカイかけて来なくなる。それどころかいつも三人べったりだった筈が、滅多にそんな姿を見掛けなくなった。
なんにせよ、施設での生活は平穏で、普通の中学校生活を送れるようになる。そうなると成績も日に日に上向き、公立としてはトップクラスの高校普通科に進学することができたのだった。
そしてちょうどその年の春、あと一週間で五月を迎えるという日のことだった。
学校から戻ると、施設が大騒ぎになっている。同室の少年に尋ねると、生田絵里香が学校の屋上から飛び降りたんだと教えてくれた。
絵里香は一学年下で、入所は翔太よりぜんぜん早い。可愛い上にとびっきり明るい性格で、誰にでも好かれる女の子だった。
それが半年ほど前くらいから、妙に塞ぎ込むようになっていた。
翔太もそんな様子に気が付いて、何度か声を掛けたりしたのだ。
すると必ず、「なんでもないの」「大丈夫だから」などという答えが返ってくる。
受験生であったのと、失恋でもしたんじゃないか?――なんて噂もあったりしたので、翔太もあえてそれ以上突っ込んだりはしなかった。
そして遺書も何もなく、衝動的な自殺と断定される。さらに翔太が飛び降りたのと同じフェンスをよじ登り、翔太の落ちた生垣よりもっと遠くへ飛んでいた。
――どうして……なんだよ!?
施設にいるみんなが疑問を感じ、彼女の自殺を心の底から悲しんだ。
そんな事件から三日目の夜、荒井が深夜になっても施設に戻ってこない。
すでに高校三年になっていた彼は、来年の就職と同時に施設を出ていくことになっている。だから多少のことは大目に見て貰えたが、無届けで帰宅が深夜になるのは初めてのことだった。
その夜、施設の明かりが消え去った頃、部屋にある窓ガラスが「カチン」と小さな音を立てたのだ。
二段ベッドの下段で寝ていると、小さな出窓が頭の少し上にくる。
そこから窓を叩くような音が何度か聞こえ、翔太はベッドから起き出し、出窓の外を覗き見た。
すると人影がはっきり見えて、その背格好こそ、まさに荒井良裕のようなのだ。
きっと鍵が掛かって入れずにいて、鍵を開けて欲しいということだろう。そう思って玄関の方を指さすが、荒井の方はまったく別のジェスチャーをして寄越す。
「出てこい!」と、明らかに彼の仕草はそう言っていた。だから翔太は仕方なく、同室の少年に気付かれないよう部屋を出る。
玄関を出ると、やはり荒井が待っていて、「ついてこい」という感じに腕を小さく二、三度振った。
そうして近くの公園に連れて行かれ、そこ初めて荒井の状態を翔太は知った。
きっと、二、三発ってどころじゃぜんぜんない。
公園の薄暗い中はっきりしないが、顔が異様に腫れ上がり、顔のあちこちに血らしきものが貼り付いている。両目ともほとんど閉じていて、それでも荒井にすれば、精一杯見開いているってことだろう。
「どうしたんだよ……それ、誰にやられたんだ?」
「まったくな、お前が来てから、ロクなことが起きねえよ……くそっ」
なんて言葉を発しながらも、荒井の顔には笑顔があった。
「お前さ、脚、〝びっこ〟ひいてねえ?」
何人かにはそんな言葉を言われたが、ほとんどの生徒は翔太の前では口にしない。
きっと裏ではいろんなことを囁かれていた筈だ。
しかしそれでも、彼が口を開かなかったせいで、あっという間に屋上でのことは忘れ去られていったのだった。
「呼び出した三人がいなかったので、仕方ないから暇つぶしに、フェンスによじ登って景色を見ていたんです」
それで……手を滑らせた。
きっとそれだけじゃないって思ったろうが、本人がそう言うんだから、〝そうだ〟ってことにしておくか……なんて印象ありありで決着が付いていた。
それからリハビリを頑張って、多少引きずる感じは残ったものの、翔太はしっかり歩けるようになり無事退院。
それから、あの三人組は不思議なくらいチョッカイかけて来なくなる。それどころかいつも三人べったりだった筈が、滅多にそんな姿を見掛けなくなった。
なんにせよ、施設での生活は平穏で、普通の中学校生活を送れるようになる。そうなると成績も日に日に上向き、公立としてはトップクラスの高校普通科に進学することができたのだった。
そしてちょうどその年の春、あと一週間で五月を迎えるという日のことだった。
学校から戻ると、施設が大騒ぎになっている。同室の少年に尋ねると、生田絵里香が学校の屋上から飛び降りたんだと教えてくれた。
絵里香は一学年下で、入所は翔太よりぜんぜん早い。可愛い上にとびっきり明るい性格で、誰にでも好かれる女の子だった。
それが半年ほど前くらいから、妙に塞ぎ込むようになっていた。
翔太もそんな様子に気が付いて、何度か声を掛けたりしたのだ。
すると必ず、「なんでもないの」「大丈夫だから」などという答えが返ってくる。
受験生であったのと、失恋でもしたんじゃないか?――なんて噂もあったりしたので、翔太もあえてそれ以上突っ込んだりはしなかった。
そして遺書も何もなく、衝動的な自殺と断定される。さらに翔太が飛び降りたのと同じフェンスをよじ登り、翔太の落ちた生垣よりもっと遠くへ飛んでいた。
――どうして……なんだよ!?
施設にいるみんなが疑問を感じ、彼女の自殺を心の底から悲しんだ。
そんな事件から三日目の夜、荒井が深夜になっても施設に戻ってこない。
すでに高校三年になっていた彼は、来年の就職と同時に施設を出ていくことになっている。だから多少のことは大目に見て貰えたが、無届けで帰宅が深夜になるのは初めてのことだった。
その夜、施設の明かりが消え去った頃、部屋にある窓ガラスが「カチン」と小さな音を立てたのだ。
二段ベッドの下段で寝ていると、小さな出窓が頭の少し上にくる。
そこから窓を叩くような音が何度か聞こえ、翔太はベッドから起き出し、出窓の外を覗き見た。
すると人影がはっきり見えて、その背格好こそ、まさに荒井良裕のようなのだ。
きっと鍵が掛かって入れずにいて、鍵を開けて欲しいということだろう。そう思って玄関の方を指さすが、荒井の方はまったく別のジェスチャーをして寄越す。
「出てこい!」と、明らかに彼の仕草はそう言っていた。だから翔太は仕方なく、同室の少年に気付かれないよう部屋を出る。
玄関を出ると、やはり荒井が待っていて、「ついてこい」という感じに腕を小さく二、三度振った。
そうして近くの公園に連れて行かれ、そこ初めて荒井の状態を翔太は知った。
きっと、二、三発ってどころじゃぜんぜんない。
公園の薄暗い中はっきりしないが、顔が異様に腫れ上がり、顔のあちこちに血らしきものが貼り付いている。両目ともほとんど閉じていて、それでも荒井にすれば、精一杯見開いているってことだろう。
「どうしたんだよ……それ、誰にやられたんだ?」
「まったくな、お前が来てから、ロクなことが起きねえよ……くそっ」
なんて言葉を発しながらも、荒井の顔には笑顔があった。
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