アナザー・デイズ 1977

kenji sugiuchi

第1章 〜 3 天野翔太(5)

 3 天野翔太(5)
 


 それからほんの数秒後……甲高い悲鳴が聞こえ、続いて怒鳴り合うような男の声が屋上まで聞こえ届いた。
「落ちちゃったよ、どうする?」
 福田の泣きそうな声だった。
「おい! どうするんだよ、荒井!」
 背中を向けたまま動かない荒井に向けて、金子が続けてそう声にする。
「おい! 何とか言ったらどうなんだ!」
「うるさい! 考えてるんだ! 黙ってろ!」
「黙ってろ黙ってろって、それしか言えないのかよ!」
「とにかく、俺は殴ってねえし、ここに呼び出したんだって、荒井に言われて教室まで行ったんだ。それだけの、ことなんだからな……」
「俺だって、俺だって関係ないぞ。ぜんぶ、おまえが指示したことなんだ」
 金子と福田はそれだけ言って、さっさと屋上から逃げ出してしまった。
 それから二、三分して、やっと教師が屋上までやってくる。当然何があったのかと聞かれるが、荒井は終始一貫しておんなじ言葉を繰り返すのだ。
 ――何も知らない。
 ――ここに来た時には、すでにフェンスの上にいた。
 ――あいつの身体に触れてないし、飛び降りたことと、自分はまったく関係ない。
 幸い警察には通報されず、救急車が到着した頃には荒井も解放されている。後は翔太が死んでしまえば、事を荒立てたくない学校は何も言ってくる筈ない……そう考えていた荒井はその日の夕刻、施設の職員に驚きの事実を知らされるのだ。
「天野のやつ、助かったようだぞ」
「屋上から落ちて、助かったってことか?」
「お前んとこ、校舎と校庭の間にさ、花壇と交互に生垣があるだろ? あそこに落ちたんで、運よく助かったってことらしい……」
 施設では一番の下っ端職員で、まだ二十代という林田が、妙に馴れ馴れしい感じで荒井に話しかけていた。
「あの二人がさ、帰ってくるなり俺んとこに来てさ、まあビビちゃって、可哀想なくらいだったぜ……」
 黙り込んでしまった荒井を見つめて、林田はなんとも嬉しそうに続けて言った。
「そう言えばお前ら、あいつが飛び降りた現場にいたんだって? なあ、おいおい、それって、大丈夫なやつか? まさか、僕は荒井くんに突き落とされました……なんて、言われちゃったりしないだろうな?」
 戯けるような林田の声に、「そんなことあるわけない」と答えはしたが、実際のところ、何を言われたって不思議じゃなかった。
 ――散々殴られて、僕は混乱してしまい、気付いたらフェンスの上にいたんです。
 なんて感じを告げたとしても、決して〝嘘〟ってことにはならないだろう。
 ところがそれから数日経っても、何も変わったことは起こらなかった。
 天野翔太は脚を複雑骨折していたが、意識はしっかりしているらしく、もちろん死ぬなんて状態ではまったくない。
 しかし……そうであるなら、
 ――何か言ってきても、よさそうなもんだ。 
 そう思いながらも月日は過ぎて、屋上騒ぎから三ヶ月が経った頃、天野翔太は退院し、施設に姿を見せたのだった。

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