アナザー・デイズ 1977

kenji sugiuchi

第1章 〜 3 天野翔太(4)

 3 天野翔太(4)
 


 三人組から学校の屋上に呼び出される。二人がかりで羽交い締めにされて、荒井が翔太の腹を何度も何度も殴るのだ。
「死ねよ! 死んじまえよ!」
 そんな言葉がその都度漏れて、あっという間に翔太の意識も途切れかかった。脚がガクンと折れ曲がり、そこでやっと満足したのか、荒井が金子と福田に告げるのだった。
「これくらいにしといてやるか、なあ」
 そんな声に二人は頷き、涼太から腕を離してサッと離れる。
 途端に翔太は膝を突き、そのままバタンと倒れ込んでしまった。 
「勘弁してやるよ!」
 さらに荒井がそう言いながら、翔太の横っ腹めがけて足を思いっきり蹴り込んだ。
 呻き声が漏れて、翔太の口から赤黒い唾液がほとばしる。
 顔に苦悶の表情が張り付いたのを確認し、やっと荒井は翔太から視線を外した。そのまま悠然と歩き出し、その後ろを金子と福田も続くのだ。
 そうして三人が階段踊り場に降り立った時、最後にいた福田がチラッと後ろを向いて翔太の様子を覗き見る。屋上の扉を閉める序でに、ほんの軽い気持ち見ただけだった。
 ところがそこに翔太はいない。
 あれ?――と思ってその周りを見回してすぐ、福田の視線はあるところで固まった。
「おい!」
 翔太に向けての言葉だったか? 荒井と金子へのものだったのか?
 とにかく福田の発したその声に、二人もすぐに彼が驚いたその理由を知った。
 翔太がフェンスの上にいたのだ。今にも落ちてしまいそうにフラフラで、フェンスの一番上っ側を両手で必死に掴んでいる。
 校舎は鉄筋コンクリートの三階建てだ。
 その屋上のフェンスを越えれば地上に向かって真っ逆さまで、普通なら助かることはまずないだろう。
「何やってるんだ? あいつ」
「自殺でもしようってか?」
 福田の不審げな問い掛けに、金子が満面の笑みで面白そうに声にした。
 しかし荒井は真剣な顔を崩さずに、翔太の登ったフェンスの方へ歩き出す。そうして翔太のすぐそばに来て、妙に落ち着き払って告げるのだった。
「自殺でも、する気なのか?」
 すると翔太は笑顔になって、
「ああ、そのつもりだ……心配か?」
 そう言いながら、荒井の後ろにいる金子と福田をジッと見つめる。
「ふん、そんな度胸もないくせに……」
「そうだよ、やれるもんならやってみろって!」
「そうだ! やれやれ!」
 荒井の嘲るような物言いに、そんな二人の声が続いた。
 すると再び荒井の声が響き渡って、
「ちょっと黙ってろ!!」
 ドスの効いたその声色に、二人は揃って下を向いた。
「まあ、そうだろうな……これで俺が死んだりしたら、お宅ら三人だってただじゃすまない。俺がアンタらに呼び出されたのはさ、そこらじゅうの奴らが知っている。まあ、ご丁寧に、一年の教室まで来て頂いたんだからな。だから授業が始まる頃には、きっと先生にだって、伝わっているだろうよ……」
 死因が地面への激突だとしても、その前にやられた傷はしっかり判別できるだろう。となれば、誰が見たって自殺に至る原因とは……。
「アンタら、三人だわな……」
 そう言って、翔太はニヤッと笑ってみせた。
「俺は殴ってねえ!」
「俺だってそうだ!」
「黙ってろって言ったろう!!」 
 金子と福田のそんな声に、再び荒井の怒鳴り声が響いた。
 荒井は苦み走った顔を崩さず、翔太を見上げ、何か考えているようだった。
「とにかくだ。人を虐めてりゃ、こういうことだってあるってことだ。これからは、その辺をよおく、考えてやるこった……」
「お前が死んだからって、どうってことないぜ……」
「そうか? それならよかった」
「直接殺したわけじゃない。そんなので、年少にだって今時入れやしねえさ」
「それでも、人の噂はついて回るぜ、あいつは中学三年生の時に、一年生を自殺にまで追い込んだってな……ま、どうなるかは、やってみないと……」
 ――わからんよ。
 最後の言葉は、残念ながら荒井の耳には届かなかった。
 翔太の指先がフェンスから離れ、金子と福田の声が瞬時に響いた。
「やめろ!」
「やめてくれ!」
 そんな声を耳にしながら、翔太の身体は向こう側へと倒れていった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品