アナザー・デイズ 1977

kenji sugiuchi

序章 2  1977年 4月末日(2)

 2  1977年 4月末日(2)
 


 三人組の高校生とすれ違い、その内の一人と肩どうしがぶつかってしまった。
 それはそこそこの衝撃で、
「あ、すみません!」
 青年はすぐそう声にして、ちょこんと小さく頭を下げた。
 しかし高校生の方はまるで気付かなかったようにさっさと歩き去ってしまう。
「お前さ、今のわざとだろ?」
「わかる? 一緒の女の子さ、ちょっと可愛かったろ? だからさ、天に代わってお仕置きしたのよ〜」
 そんな言葉に大笑いする三人は、どう見たって優等生じゃなかった。学生服こそ着ているが、首から上だけでそれなりの〝ワル〟にはしっかり見える。
 ポマードベッタリのリーゼント頭にチリチリ寸前のパンチパーマ、そしてもう一人がロン毛に金髪とくれば、普段着ならまさに〝チンピラ〟っていうところだろう。
 そんな不良高校生が向かっていたのは、最近、若者の間で大人気のハンバーガーチェーン店。二百店舗目が駅前にできたと聞いて、彼らは午後の授業をサボってやってきた。
 そしてちょうど店の前に到着した時、〝棚からぼた餅〟〝濡れてに泡〟で千円札を手にした老人もそこにいた。
 彼は自動ドアの前に立ち、店内をキョロキョロと見回している。
 それは店に入るのを躊躇っているというより、ワクワクする気持ちを抑えきれない――というふうにも見えるのだった。
 しかし、ただただ、彼の立っている場所が悪かった。
「邪魔だ! このジジイ!!」
 そんな声が聞こえた時には、老人は地べたに吹っ飛んでいる。手加減ゼロの足蹴りを喰らって、きっと何が起きたかわからなかったろう。
「おめえみたいのがよ! こんな店に入ってくんなってんだよ!!」
「そうだ! こんな表の通りを歩いてんじゃねえって!」
 そんながなり声を聞きながら、老人は必死に立ち上がろうとする。
 ところが痛みのせいなのか、なかなか立ち上がることができない。彼はぜいぜい息をして、顔を少しだけ上へと向けた。
 すると高校生の一人と目が合って、老人はなぜかそのまま目を動かさない。
 実際、睨みつけたのか? 
 たまたま目に入っただけなのか? 
 ただとにかく、そんな視線がさらなる怒りを買ってしまった。
「てめえ! なに睨みつけてんだよ!」
 金髪が大声を上げ、老人の背中を力一杯踏み付けた。続いて残りの二人も老人の身体あちこちを踏んだり蹴ったりし始める。
 老人は亀のように身体を丸め、ただただ彼らの仕打ちに耐えるだけで精一杯。何事かと通行人も足を止め、視線を向ける がやはり誰も助けようとはしないのだった。
 そうして再び、老人にとっての救世主が現れる。
「あんたたち! 何やってるんだ!」
 走ってきた勢いのままそう大声を上げ、青年は慌てて老人の傍らにしゃがみ込んだ。
「おじいさん! 大丈夫ですか!」
 そう耳元で声を掛け、再び高校生らへ苦み走った顔を向ける。
 それから一人一人を睨み付け、そのまま何も言わずに老人の方へと向き直るのだ。
 老人の方は恐る恐る顔を上げ、青年の顔をチラ見してから驚いたような顔をする。きっと二度にわたって助けられ、素直にそんな事実に驚いたのだろう。
 一方高校生らは顔を見合わせ、「やるか?」「どうする?」なんて感じを演じていたが、なかなか結論が出ないまま、パンチパーマが誰に言うともなく声にした。
「まったくよ! きったねえツラ見せられて、食欲がなくなっちまったぜ!」
 すると残りの二人もなんだかんだと似たような言葉を口にして、それからすぐに高校生らはいなくなってしまうのだ。
「痛いところとかないんですか? ホント、病院とかに行かなくて……」
 大丈夫ですか?――と続けようとしたところで、連れの女性の顔が大きく歪み、左右に細かく何度も揺れる。
 それを見た青年は、そのまま次の言葉を飲み込んだ。
 高校生とぶつかった後、青年は妙に気になって、何度も後ろを振り返っていた。
 そうしてちょうど、老人が地べたに吹っ飛んだところを目撃し、一目散に駆け付けたのだ。
「もう、大丈夫ですから……ありがとう、ございました」
 身体を前屈みにして、老人は何度も何度もそう言った。
 そして連れの女性に思いっきり急かされて、青年は後ろ髪を引かれるようにそこから離れていったのだ。
 一人残された老人は、自らコートに付いた汚れを叩き、思い出したように遠ざかる青年へ視線を向ける。それからほんの少しだけ広角を上げ、何事か……短い言葉を呟いた。
 それは呪文のようにしばらく続き、すうっと息を吸い込み、終わるのだった。
 彼はそれから頭上を見上げ、まるで何かを受け取るように手のひらを上にして、ほんの少しだけ身体の前にその手を伸ばした。
 するとどこから現れたのか、頭上から、フワッと何かが舞い降りてくる。
 それはクシャクシャになった千円札。まるで吸い寄せられるように老人の方へ舞い降りて、その手のひらに吸い付くように収まった。
 彼は丸まった千円札を両手できれいに伸ばし、それを大切そうにコートのポケットにしまい込む。そうしてゆっくり歩きだし、十メートルほど歩いたところで細い路地に入っていった。
 ちょうどその時、老人の後ろを歩いていたスーツ姿のサラリーマンが、なんの気なしに老人の入り込んだ路地に目を向ける。
 すると、あれ?――という顔をして、彼は足を止め、細い路地を覗き込んだ。さらに二、三歩路地に向かって歩き出し、辺りをキョロキョロと見回した。
 そこは袋小路になっていて、突き当たりには土剥き出しの空き地があるだけだ。
 左手は雑居ビルの壁があり、反対側も同様だから、ここに入って来たものは誰であろうと引き返すことになるだろう。
 だからそのサラリーマンも、すぐに入り込んだ路地から出て行った。
 そうして商店街の通りに戻っても、彼は二度ほど路地の方を覗き込み、不満そうな顔を繰り返すのだ。
 ――あいつ、どこに消えたんだ?
 なんて思いを滲ませたまま、彼はようやく吹っ切るように歩き始めた。

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