あなたの寵妃でかまわない ~騎士令嬢は吸血公爵に溺愛される~
第28話
次の晩、ジュリアスは一人で馬車に乗り、ルーファス王子の別宅へ出かけて行った。
向こうで直に顔を合わせての打ち合わせ。いよいよ作戦の詰めにかかるという。
いつも屋敷に王子を呼んでばかりでは忙しい彼の負担になる。
そう心配していたところ、タイミング良く王子が「次の打ち合わせはこっちに来て欲しい」と求めたため、ならばと今回はジュリアスの方から出向くことになったのだ。
約束の時間が遅いこともあり、私はお留守番。
残念な気持ちもあるけど、それと同時にちょっと気楽でもある。
この時間帯、隣にジュリアスがいないのは、実を言うととても珍しいことだった。
解放された、と言っては彼に悪いけど、夕食後は完全な自由時間ですることもなくなってしまう。
と、いうわけで。
「グースタフっ。中にいる? お姉ちゃん入るよっ」
手持ち無沙汰の穴埋めとして、私は弟が泊まっている部屋を訪ねることにした。
「どうぞ、姉さん」
グスタフはその時、入口に背を向け箒を振りかぶっていた。
私が扉を開けると、構えを下ろしてこちらに振り向く。
「……って、何やってるの」
「え、暇でやることないから。剣の練習」
「……」
そうじゃなくて、どうして箒なのよ。
まあ、型稽古なのは一目でわかるけど。
ジト目で手にしたそれを見ていると、弟はこちらの内心を察したらしく、「これはメイドさんが使ってたやつを貸してもらったんだよ」と、恥ずかしそうに答えた。
「あのねぇ……普通に剣、あるからね。稽古したいならきちんとそう言いなさい。借りられるから。タニアに頼めば広間とかも使わせてくれるはずよ?」
「え、そうなの?」
「そうよ」
遠慮していたという感じでもなく、頼むということが頭になかったらしい。
グスタフは「マジかぁー……」と額に手をやると、すごすごと箒を壁に立てかけた。
「まあ、さすがに隊長が使ってるような刀はないと思うけどね」
それでも掃除道具を振り回すよりは、いくらかましな練習ができるはず。
「っていうか……自分で言うのもなんだけど、私たちってやっぱり姉弟なのねぇ。言われなくても同じこと考えてるなんて」
「同じって、何が?」
「グスタフ、このお屋敷に来てすぐに『部屋広すぎ』って思ったでしょ。で、『剣振っても天井に付かないから素振りできそう』って考えたんじゃない? だから実際に振ってたわけで」
「うん」
「私もね、そうだったのよ」
その答えを聞いたグスタフは、数回の瞬きの後、ドレス姿で素振りをする私を想像したのだろう、こちらに向けて遠慮なく笑い声をあげた。
「あははは」
「いや、ここそんな笑うところじゃないから」
「えー、でもさ、普通考えると思うよ? グランセアだと夜は訓練場まで行く時間ないし、かといって外で振ると怪しまれるし。部屋で出来たらって思っても、天井突き破るわけにいかないし」
「まあねぇ。やってみて初めてわかるけど、上段って案外高さ取るのよね。逆に言えば屋内戦闘の場合、剣がつっかえることも考えなきゃいけないんだけど」
「実戦はともかく、稽古は振れなきゃ意味ないもんね。なかなか難しいところだよねぇ」
姉弟水入らずのリラックスした時間。素の自分に戻って話すのが剣のことというのも、私らしいといえばらしいのだけど、こんな話はジュリアスの前では出来ないなとも思う。
「けど姉さんはさ、もう剣なんか振らなくていいんじゃないの? 吸血種になって不死の体になったんだから。これ以上戦う必要がないでしょ」
「そういうわけにはいかないのよ。私たちも完全な不死身ってわけじゃなくて、銀の剣っていう天敵みたいなものがあるの」
「あー……そういえば隊長たちと話してた時、公爵がそんなこと言ってたね」
「それに、不死身イコール無敵ってわけでもないからね。まだまだ気を抜いてはいられないわけ」
そんな会話を経て、話は霧状化のことにまで及ぶ。
リリィという友達ができたこと、彼女に肉体を霧に変える方法を教えてもらっていること、霧状化は魔力を使う術理でもあること……。私がそれらのことを大まかに話すと、グスタフは感嘆の声を漏らした。
「へぇ……じゃあ、今の姉さんって肩書的には魔法騎士なの? それってかなりすごくない?」
「うーん、そこまでのものじゃないわ。そもそも肝心の霧状化だって、全身の気体化に時間がかかりすぎて実戦で使えるレベルじゃないもの。一点集中ならともかく、私の場合、全身に魔力を行き渡らせるのがどうもね……」
「……一点集中ならいいんだ?」
「ん、まあ、そうだけど」
そこでグスタフは何かを考えるように虚空へ視線を移す。そして、しみじみと感じ入るような声色でつぶやいた。
「それにしても……本当に姉さんは人間じゃなくなっちゃったんだね。なんか……遠いところへ行っちゃったっていうか……。ちょっとだけ、さみしいかな」
「……グスタフ」
ふっと短くため息。けれどすぐさま手を横に振り、弟は自らの言葉を否定する。
「ああ、ごめん。この間『子供じゃない』なんて言ったくせに、こんな甘えたこと言うのおかしいよね。忘れて」
「……ううん、いいのよ」
心配をかけまいとするその強がりは、逆に私の心を波立たせた。
無性にいとおしさがこみ上げてきて、私はグスタフを抱きしめる。
「ね、姉さん」
「大丈夫よ……私は変わらないから。私があなたの姉だってことは、この先も決して変わらない。さみしかったらそう言いなさい。どこにいようと飛んで行って、こうやってぎゅってしてあげるから。私だって……グスタフに会えないのはさみしいと思うもの」
「お姉ちゃん……」
「そうだ。今のゴタゴタが片付いたら、その後も時々こっちに遊びに来ればいいわ。うん、そうよ。遠慮しないでいつでもいらっしゃい。ジュリアス様もきっと許して下さるはず」
と、そこでグスタフはぴくりと体を反応させた。
私の「ジュリアス様」という言葉に。
こちらにもたれかかっていた体重を戻し、腕を伸ばして体を離すと、怪訝な上目遣いで尋ねる。
「あ、あのさ、姉さん。前から疑問に思ってたんだけど……その」
「ん、何?」
「や、姉さんがいいなら別にいいんだけどさ、前も一度聞いたし……。でも、なんていうか……どうしてっていうか」
「だから何よ。何のこと言ってるかわからないんだけど」
「えーと……お、怒らないでね」
「怒るわけないでしょ。怒らないからきちんと言いなさい」
何を挙動不審になっているのかと私は訝しむ。
グスタフはためらいつつも、それでも聞きたい思いの方が強いようで、「よし」と意を決してから口を開いた。
「公爵はさ、姉さんのどこが気に入って屋敷に置いてるのかな。ぶっちゃけ、その、わざわざ姉さんじゃなくてもお妃様を好きに選べるんだよね? なのにどうして姉さんを選んだのか……そこが少し気になってさ」
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