あなたの寵妃でかまわない ~騎士令嬢は吸血公爵に溺愛される~
第25話
「策を一つ思いついた」
ディナーを終え、応接間のソファーに対面で腰掛けて。
ジュリアスと食後のお茶を楽しんでいたある晩のこと。
彼は前触れもなく、そんなことを言い出した。
「えっと、何の話……ですか?」
「お前を狙う輩を嵌める策の話だ。向こうが仕掛けてくるのを待つだけじゃ埒が明かない。こちらから何か先制攻撃を仕掛けたいと思ってたんだが、それについて一つ閃いたんだ」
「……先制攻撃」
明確に聞かされていたわけじゃないけど、彼が独自に動いていたことは私も気付いていた。
ジュリアスの言葉を聞き、傍らで控えるタニアは話が長くなると察したのか、何を言われるでもなく紅茶を淹れ直してくれる。
ジュリアスは交換されたティーカップに口をつけ、一呼吸おいてからその腹案を切り出す。
「簡単に言うなら──他の吸血種の血にも、解呪の特性を付与させることにする」
一瞬、耳を疑う。
「そんなこと……できるんですか?」
聞き返すと、「あわてるな」という返事が返ってきた。
「つまり、そういう偽の情報を流すんだ。『研究の結果、ソフィアの解呪の特性を他の者の血にも付与できるようになった』とな。その噂に食いついて、のこのこ姿を現してきた奴を捕えて、叩く」
「偽の、情報……」
「ああ、いわば撒き餌だな」
この案を詳しく述べるなら、その偽情報はルーファス王子から流してもらうとのことだった。
具体的には、かねてより近隣諸国の医学界と交流を図りたいと思っていた王子が自らの研究結果を発表するという体で、上述の偽情報を添えてグランセアに交流会の打診をかける。
それは今までの前提条件を覆す重大な報せ。黒幕としては当然、真偽を確かめざるをえない。アルマタシオ王族主催の催事であること、および恩恵を独り占めしようとする情報操作の流れからみても、十中八九、首謀者本人が足を運ぶべき事柄といえる。
つまり敵の正体もそこで判明するだろうとのこと。
「無論、そう簡単に不死の血が手に入るのではあからさますぎるからな。そのあたり、『効果は未だ不完全。研究は継続中』とでもして、研究発表のテーマも不死の血とは無関係のものにしておく。エサはあくまで匂わせる程度だ。それでもリスクなしの不死は奴らからすれば喉から手が出るほど欲しいもの。不完全だろうと食いつく公算は高い」
「確かに……それならきっと出張ってくると思います」
続いて、交流会の大まかな予定、容疑者リスト、子細な留意事項……流れるように彼の口から作戦の説明がなされてゆく。
私はしばらくの間、黙ってそれに耳を傾ける。
失礼な言い方で申し訳ないけど、ジュリアスにしては意外にも周到というか、割と細部にまで気を配っている計画だなと思った。
言い換えれば、それだけ本腰を入れているということでもある。
ありがたいことだと思う。
正体不明の何者かに命を狙われているというこの状況。なのに自分でも驚くほど、私は不安を感じていない。
きっとそれも、彼が心を砕いてくれているゆえなのだろう。
「あの、聞く限りではルーファス殿下の役割が重要そうですけど。そこまでお願いして大丈夫なんでしょうか」
「ああ、すでにあいつにも話は通してある。そもそも交流会自体は前からルーファスがやりたいと言っていたことだからな。今回はそれに俺たちが乗らせてもらう形になる」
「……いいんですか?」
「いいんだよ。友のために何かしてやりたいという気持ちは、王族だろうと貴族だろうと垣根はない」
「でも、ジュリアス様ご本人ならともかく、お友達の寵妃でしかない私のことで殿下のお手を煩わせるのは……」
「馬鹿。お前だってあいつの友人だろうが。俺が言ってるのは、ルーファスもお前を心配してるってことだ」
「あっ、し、失礼しました」
遅れて言葉の意味を解し、頭を下げると、ジュリアスは「今のは聞かなかったことにしておく」と、たしなめる声色で私に言った。
「まあ、それはともかくとしてだ。ルーファスの奴、最近はサラドゥアンの家にも往診へ行ってるらしいからな……。忙しさで体を壊さないかだけが心配だ」
サラドゥアンの家というのは、リリィの実家ではなく彼女の夫であるエリオットがいる屋敷のこと。要するに王子はディートリンデの魅了に侵されたエリオットを診に、邸宅へ赴いているらしい。
「研究発表の日程はルーファス自身の都合で組むわけだが、どうもあいつは俺たちに気を使って早めにやろうとしてるみたいでな……。それで寝る間も惜しんで研究に勤しんでるのが気がかりといえば気がかりではある。この間の帰り際なんか、立ちくらみを起こしてよろめいていたし」
「だ、大丈夫なんですか、それ」
「まあ、今度会った時もう少しきつく言い含めておくさ」
王位継承に興味のない王族──それだけ聞けば単なる放蕩者のようにも思えるルーファス王子だけど、ジュリアスの話を聞くにつけても、実際は人とのつながりを大切にする懐の深い人なのだと、私は改めて思うようになっていた。
他者を寄せ付けないジュリアスが彼の親友でいる理由も、おそらくそこにあるのだろう。
「さて、明日にはサキサカの店から酒が届く。それでいくらかの答え合わせはできるだろう」
あらかたの説明を終えたジュリアスは、言って肩の力を抜いた。
今夜は長く付き合わせて悪かった。そう締めくくって席を立つと、応接間を後にする。
「いえ、ジュリアス様もお気遣いありがとうございます」
(……でも、届いたお酒で、答え合わせって……?)
最後の妙な言い回しに疑問符を浮かべつつ、彼を見送る。
多分、買い付けた品物といっしょに手紙などで犯人の情報が送られてくるのだと思うけど。
ただ、明日その言葉の意味は判明するのだけど、お酒の到着に伴って、私の疑問など吹き飛んでしまうような予想外の出来事が起こる。
その出来事とは──一言でいうならば、密航。
なんとジュリアスが買い付けた品物の中に、私の弟グスタフが忍び込み、グランセアから脱出してきたのだった。
味方であるはずの、第六小隊の手から逃れるために。
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