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あなたの寵妃でかまわない ~騎士令嬢は吸血公爵に溺愛される~

龍田たると

第24話

 
 霧状化むじょうか
 それは言葉の通り、身体を霧の状態に変化させる吸血種固有の能力をいう。
 元来どの吸血種にもこの力は備わっている。しかし、使いこなせる者は少なく、技量には個人差があるらしい。
 使わなければ衰えてゆくし、だからこそ鍛えることをしない彼らには意味のない、失われつつある力でもあった。
 近年は戦争もなく、そもそも吸血種自身が前線に立つことはほぼないため、実用性のない力だとも言われてきた。

 けれども何事にも例外は存在する。
 リリィ・サラドゥアン、『幻霧の姫君』。
 その二つ名が示すように、リリィの資質はその霧状化に特化したもので、彼女は生まれながらに霧の力を使いこなすことができた。
 どの吸血種よりも、精妙に、正確に。
 当然、リリィにとっても霧状化の能力はさほど重要性を持たない。
 しかし、二つ名の由来と能力の詳細を聞いた時、私はすぐさま彼女に力の教授を願い出た。



「教えてほしいと言われましても……。わたくしにとってはこれが普通のことなので、どうすればいいのかわからないのですが……」

 私の自室にて。
 ジュリアスがルーファス王子を招いたのと同時刻、私はリリィを部屋に迎えていた。
 ここにいるのは私とリリィとタニアの三人。
 リリィの頼みで、男の人は部屋に入らないよう前もって言いつけてある。

「とりあえず、僭越ながら……いつもやっている通りにお見せいたします」

 リリィは自信なさげに言い置いてから、目を閉じ、両手を胸の前で組み、魔力を集中させた。
 力の高まりとともに体が陽炎のようにゆらめき、手の先から存在感が薄まってゆく。
 それと同時に、プリズムの輝きが彼女の周りを覆う。

 そして、次の瞬間、世界は色鮮やかな華やかさを見せる。

「……綺麗……」

 きらめく光に見とれ、感嘆の声が漏れた。
 乱反射する七色の光は別世界かと錯覚するほど。
 周囲の光源は徐々に彼女の身体と一体化し、身体が気体へと変容する。それが天へと大きく舞い上がる。
 直後、リリィが着ていた衣服がパサリと音を立て、床に落ちた。

「──お粗末様でした」

 数十秒の後。ひとしきり霧の状態で室内を舞ったリリィは、人の姿に戻ると前を隠して恥ずかしそうに一礼した。
 裸体を晒さぬよう、さっとタニアが傍に寄り、シルクのローブを彼女に着せる。

「霧状化した後はこうやって服も脱げてしまいますので、人前で力を使うことはほぼありません。ソフィア様は、どうしてこんな力を覚えたいとおっしゃるのですか?」

「うん。少しでも戦う力をつけるため……かな」

 アルマタシオへの帰路で襲われて以来、私なりにずっと考えていた。
 この先おそらく私を狙って、何人もの刺客がやって来るに違いない。
 不死身の肉体といえど完全でなく、弱点もある。
 ジュリアスは何も心配するな、守ってやるとは言ってくれるものの、ずっとそれに甘えてはいられない。

 体を霧にすれば銀の刃も届かない。
 そう考えた私は霧状化の力を習得するため、リリィに教えを乞うことにしたのだった。

(別に裸になったって、死ぬよりはマシだし)

 そのあたりの羞恥心は、下流育ちの私には関係ないといえる。
 いや……まあ、ないこともないけど。でも、他の令嬢に比べれば、よりシビアな判断ができると自負している。

「で、なんだけど……。どうやったら私もできるようになるんだろう、それ」

 ただ問題は、どんな訓練をすれば覚えられるかということだった。

「すみません。誰かに教えたことなんてないので、わたくしもここからどうすればいいか……」

「あぁ、そっか。そうだよね。うーん……」

「魔力を体の中心に集めて、こう、ぐっと溜めて、ぱーっと開放する感じなのですけど。わかりませんよね……」

「あはは……うん、まあ」

(『できる人の理論』だなぁ、それ……)

 行き詰る私たち。そこへタニアが「よろしいですか」と声をかける。

「この力の習得にあたっては、まずお二方の体を重ね合わせることが肝要かと存じます」

「え、何。重ね合わせるって」

 その言葉に、なんだかちょっと卑猥なイメージを想起してしまう。
 訝りながら聞き返すと、淡々とした説明が返ってきた。

「正確には、リリィ様が魔力を流し、ソフィア様を強制的に霧状化させ、お二人がともに霧の状態で混ざり合うことで感覚を慣らすのです。それによってリリィ様の力の状態をソフィア様ご自身で体感していただきます。霧状化ではありませんが、わたくしも幼い頃、亡き姉からそうやって色々と学びました」

「亡くなった……お姉さんから?」

「はい」

 タニアいわく、肝心なのは体内魔力の流れを感じ取ることらしい。
 触れ合うことで上級者の感覚を身をもって覚えさせ、その流れを同じ状態にもっていく。
 そうすることで、言葉で教えるよりも手っ取り早く力をマスターできるのだという。

「さしあたってソフィア様は吸血種になってから魔力を行使なさったことがありませんので、そこから始める必要がございます。不肖ながらわたくしがサポートさせていただきます。なにとぞ、よろしくお願い致します」

「あ、うん。よろしく」

 そして私たちは訓練に入る。
 なんというか、タニアは非常に優秀な先導者だった。
 魔力の手本となってくれるのはリリィだけど、タニアは同調の際に足りないところを過不足なく補って手助けしてくれる。
 彼女は侍女でありながら、私たちと同じ吸血種でもあり、魔力の調節やその他の気配りも細やかで、満足のいく訓練をもたらしてくれた。
 アルマタシオの吸血種はだいたいが貴族階級で、だから吸血種である彼女はどこか他の貴族の家から奉公に来ているのだと思う。
 そのあたりの身の上話はまだ聞いてないけど、立ち居振る舞いの優美さから見ても多分間違っていないはず。

 そんなタニアのサポートもあって、私は何とか霧状化のやり方を覚えることができたのだった。まだ初歩の段階ではあるけど。
 
  ……ただ、その後。本当にどうでもいいことなんだけど、大変だったのはその後だ。
 実を言うと、霧状化を教えてもらう代わりに、リリィからのお願いも何か一つ聞いてあげることを私は約束していた。
 「何でもいいよ」と、軽い気持ちで内容を問わずに引き受ける。それが大きな間違いだった。

「……でしたら、ソフィア様のお召し姿を見させていただいてもよろしいでしょうか?」

「え? えっと、それはつまり……私のワードローブが見たいってこと?」

「いいえ、違います。わたくしが見たいのはソフィア様が服をお召しになられたところであって、服そのものではありません。要するに、ソフィア様に色々着てもらって……ファッションショーをしていただきたいな、と」

「……はい?」

「かしこまりました。そういうことでしたらわたくしもお手伝いいたしましょう。早速、始めさせていただきます」

「って、ちょっとタニア!?」

「わたくし思いますに、ソフィア様は日頃から地味、いえ、無難なお召し物ばかりお選びで、冒険心が足りないのです。いい機会ですから、次の夜会でのドレスなども、ここでリリィ様のご助言をいただけるとありがたいのですが」

「えぇ、えぇ。わたくしでよければ喜んで!」

「そもそもソフィア様は足も長くてスタイルも良くいらっしゃるのですから、もっと色香漂う、大人の衣装の方がお似合いになると思うのです。たとえば、スリットが深めの……真紅のドレスなどいかがでしょう」

「ああ、素敵! ぜひとも着てみせてくださいな!」

「い、今からやるの!?」

「無論、リリィ様の滞在時間は限られていますから。衣装室から持ってまいりますね」

「ちょっ、タニア!」

「他、適当に十着くらい見繕ってきますのでご心配なく。なるべく『攻め』のドレスを選んでまいります」

「え、えぇー……あのー……。……どうしてこうなるかなぁ……」

 それからさんざん着て脱いでを繰り返し……リリィが満足する頃には、外は夕焼けに染まっていたのだった。

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