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あなたの寵妃でかまわない ~騎士令嬢は吸血公爵に溺愛される~

龍田たると

第23話◆

 
 ソフィアとジュリアスが帰国して、十数日が経った。
 別段何が起こるでもなく、変わらない日々が続いている。
 平穏そのもの。屋敷に何者かが侵入した──などといった異変は何一つ見られない。
 また、今はサキサカからの報告待ちで、自分たちから行動を起こしたりもしない。
 犯人の目星すら立てられないのでは動きようがないからだ。

 もっとも、まったくの無為というわけではなく、ジュリアスは独自の情報網を使って彼なりに調査を進めていた。
 私室の机上には山ほどの書類が積み重ねられている。
 それはグランセアの有力貴族について書かれたもののみならず。
 グランセアの宗教に関しての報告書や、彼らの信仰の一端をうかがい知れる書物。あるいはアルマタシオに移住したグランセアの商人の経歴書なども、その中には含まれていた。

「顔に似合わずマメだよねぇ、ジュリアスってさ」

 そして、書類の山から少し離れたソファーに座り、数枚を手に興味なさげに言うのは、彼の親友であるルーファス王子。

「似合わずって……普段どういう顔をしてるんだ、俺は」

「んー、そうだね……。しいて言うなら、自分にとってどうでもいいことは完全放置の顔、かな」

「……否定はできんが」

 ジュリアスは席を立ち、ルーファスの向かいのソファーに移動する。

「今回の件はどうでもいいことじゃないからな。マメにもなるさ」

 彼はルーファスから書類を取り上げると、紙の底を机で数回叩いて整えた。

「まあ確かに、ソフィアちゃんも災難だよねぇ、今回は」

「まったくだ」

 うんざりした様子のジュリアス。ルーファスはそれを目にして、ふと気付いたように尋ねる。

「あ、そうなるとさ、僕がソフィアちゃんの血の特性について解析しちゃったことも……結構まずかったよね」

 最初にソフィアの解呪の血の特性を見出したのは誰であろうルーファスだった。つまり、ソフィアが狙われることになったのは、ある意味ルーファスが原因とも言える。
 そのことに対し彼は謝ろうとするが、ジュリアスは「よせ」とそれを留める。

「夜会の場であれだけ多くの者に見られてたんだ。遅かれ早かれソフィアの解呪は公の知るところになっていたはずだ。お前のせいじゃない」

「……ありがとう」

 気心の知れた二人はそんなやりとりで会話を打ち切ると、申し合わせたように次の話題に入る。

「それよりルーファス、こいつらについてどう思う」

 そう言ってジュリアスがテーブルに並べたのは、グランセアの重鎮たちの略歴書。
 いずれも同国の名だたる権力者。それはジュリアスが調べさせた者のうち、ソフィアの血についての情報を入手しうる者であり、なおかつ国内で大規模に情報を統制しうる力を持った者たち。
 すなわち、彼が見立てた今回の黒幕の候補者だった。

「あまり先入観を持っても良くないが、サキサカからの報告が入る前にこちらでも調べておこうと思ってな」

「つまりこれらは容疑者リストってわけか。えー、何々……グンター・ニアベリル、パウル・オートマルト、イボンヌ・ブルオーノ……。やっぱり結構有名どころなんだ。ニアベリル卿なんかは僕でも知ってるし」

「ああ、実はそいつが一番怪しいと踏んでいるんだ」

 ジュリアスの言葉に王子は再度その資料に目を落とした。

 総大司教、グンター・ニアベリル。
 年齢七十歳。グランセア国教会の最高権力者にして、魔導協会の長も兼ねる。
 現在のグランセアの魔術体系の根幹を構築した人物であり、高齢ながらも未だその魔術は冴えわたり、後進に道を譲る様子はないという。
 また、高位の魔術師十人が束になっても彼にはかなわないと言われている。
 王族でないにもかかわらず、この総大司教こそが実質的にグランセアを掌握しているとまで噂されるほどの人物だった。

「年齢からしても不死を欲するには頃合いの時期だろう。しかもこの男、ここ数か月のうちに大規模な招集をかけて、腕のいい魔術師を手もとに集めているらしい。動きが妙なんだ。長期の情報統制にかぶる在職期間といい、こいつでほぼ確定だと思うんだが」

「ふーん……他の二人は?」

「パウル・オートマルトは騎士団の総隊長。イボンヌ・ブルオーノは商業ギルドの元締めだ」

 パウル・オートマルト、四十三歳。
 グランセアの公爵にして、全騎士隊の隊長を務める貴族軍人。
 肩書のみならず剣の腕前も折り紙付きで、部下からの人望も厚い。
 剣に比べ魔法が幅を利かせているグランセアにおいて、騎士団復権の鍵と目されているのがこのオートマルト公爵であるという。

 そして、最後のイボンヌ・ブルオーノ。
 彼女は三人の中で唯一の民間人にして女性である。
 被差別階級の下層民を積極的に登用することで彼らの信頼を集め、一代にして莫大な財を築き上げた腕利きの豪商。
 歳は五十。気前の良さと恰幅の良さも相まって、寄子たちからは「大親おおおや様」と呼ばれて慕われているとのこと。

「こっちの二人は総大司教に比べると弱いというか……さほど不死性を求めるには動機付けが薄く思えるんだよな。正直言って、あまりピンと来ない」

「オートマルト公爵は今が一番脂の乗った時期だし、ブルオーノ女史は跡継ぎにも恵まれ順風満帆。確かにニアベリル卿が一番それっぽいかもね。でも……」

「何か異論があるのか?」

 ジュリアスが問うと、王子は腕を組んでうなずいて見せた。

「それだけで断ずるには、僕には早計な気がするな」

「そうか?」

「なんとなく、だけどね。その予想、間違ってると思う」

「む」

 友人の率直な返答に、ジュリアスは低く声を漏らす。

「おそらく僕の見立ての方が合ってるはず。何なら賭けてもいいよ。君が前から欲しがってた、シャンパリア白葡萄酒の三百六十年ものを出そうか。当てた方の総取りってことで」

「おいおい」

 軽い調子で述べるルーファスを、苦笑しつつもジュリアスはとがめなかった。

 というのも、そういった勝負をするのは二人の間では珍しいことではない。
 二人に限らず享楽主義の吸血種にとっては、いかなることも賭け事の対象になりうるのだ。
 彼らはそのようにすべての事柄を娯楽に変えて楽しむ嗜好を持っている。
 これはソフィアの命が狙われていることとは別問題。
 ゆえにジュリアスも機嫌を損ねることなく、ルーファスの提案を二つ返事で応諾した。

「わかった。当たり年の三百六十年ものか。それならこっちも相応のものを出さないとな」

「あ、そこは別に気にしないで。僕の方から言い出したことだし」

「いや、実を言うと、この前グランセアに行った時に結構な掘り出し物を見つけてな。コメから精製する東方の酒なんだが、これが牡蠣かきによく合うんだ。来週箱詰めで屋敷に送られてくるから、俺はその半分を賭けることにするよ」

「……牡蠣に」

「ああ、いい酒だぞ」

「いいねぇ。そういうことならぜひお願いしようかな」

 にんまりと笑うルーファス。もう勝った気でいるのかと、ジュリアスは再度苦笑する。

「それで、お前はどいつが犯人だと思うんだ。ブルオーノか、オートマルトか。それとももっと怪しい第三者でもいるのか」

「ううん、そんなのはいないよ。そうじゃなくて、僕は全員に張ることにする」

「……なんだと?」

 ジュリアスは怪訝に聞き返す。

「だから、さっき挙がった三人ともにさ。ねぇジュリアス、賭けはともかく、こういうことは慎重に考えた方がいい。ソフィアちゃんの命に関わることなんだから。すべて疑って、ようやく釣り合いが取れるくらいだと思うんだ。備えはどれだけしても、悪いことはないんじゃないかな」

「お前……」

 ルーファスはさっきまでの気楽な表情から一転、真剣にジュリアスに語り掛けていた。
 そこでジュリアスは気付く。目の前の親友はこれこそを言いたかったのだと。
 賭けは賭け。それを撤回するではないが、しかし彼の本音はそこにはない。

 つまり王子は、いかなる点にも気を抜かないようにと忠告しているのだ。
 容疑者が一人とは限らない。ソフィアを守るつもりなら、安易な結論に飛びつかず、万全を期して備えるべきだと。

 三人全員が黒幕など、それこそ大穴狙いにも見える張り方だが、よくよく考えればありえないことでもないのである。

 実際ジュリアスは、自分でも気付かないうちに内心焦っていた。
 一刻も早く犯人を見つけ出し、安堵したい気持ちが少なからずあった。
 そのはやる気持ちは、一番怪しいと思う者を黒幕と決め付けさせ、他を脇へと追いやろうとする。
 すなわち、ルーファスの賭けの提案は、ジュリアスの焦りに風を通すためのものだった。

「……悪いな。気を遣わせて」

 王子の真意を理解したジュリアスは、自省のため息を吐く。
 そして、短いながらも心からの謝意を述べた。
 ルーファスは「別にいいさ」と、いつもの笑顔に戻る。
 それらの会話からは、二人の間に存在する友情の発露を見て取ることができた。

 ともに小さく笑い合い──続いてルーファスは、ふと周りを見渡して言う。

「そういえば今日は……ソフィアちゃんは? 久しぶりだし、彼女にも挨拶しておこうと思ったんだけど」

「ああ、あいつなら私室でリリィ嬢と『霧状化』の練習中だ。だから今、男は部屋に入れない。悪いが今回は諦めてくれ」


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