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あなたの寵妃でかまわない ~騎士令嬢は吸血公爵に溺愛される~

龍田たると

第18話

 
 翌朝。
 陽が昇りきる前の朝焼け時。
 私は宿を抜け出し、石畳の道を歩いていた。 

 どの店もまだ閉まった時間帯、靴音だけが辺りに響く。
 気持ちのいい空気。グランセアで暮らしていた時も、自主稽古のためこうして訓練場へと足を運んだことを思い出す。

 それと同じ道のりを、私は昨晩のジュリアスの言葉を思い出しながら進む。
 宿に戻り、ソファーに崩れ落ちた彼は、かねてから聞こうと思っていた私の疑問にこう答えた。

『──あぁ、別に大した理由などない。知らないままの方がお前を不安がらせないで済むと思った。それだけのことだ』

 かねてからの疑問。
 それはすなわち、『どうして私に血の支配のことを黙っていたのか』。

 なんとなく聞いてもはぐらかされそうな気がして、ずっと言えないでいた。
 お酒に酔ったこの時なら、素直に教えてくれるだろうと思ったのだ。

 ジュリアスはいつの間にかサキサカ隊長と仲良くなっていて、昨夜はかなりの量を二人で飲んでいた。
 それこそ吸血種の許容量を上回るくらいに。

「くそ、不覚だ……俺としたことが」

 シャツの胸元をはだけさせ、ソファーに体を預けたジュリアスは、水差しから冷水を注ぐと一気に飲み干す。
 そんな無防備な状態を見計らって私は質問した。
 それで、返ってきたのがその答えだった。

 ──知らないままでいた方がいいから。

 つまり、私に血を与えた後で「お前はこれから俺に服従することになる」などと言えば、余計な不安を抱かせることになる。
 というか、そもそも彼の血で心が支配されるなら、言っても言わなくても同じことだし、逆に今のように支配が及んでいない場合は、やはり無用の不安を与えるだけだ。何も良いことなどない。

 いつまでたっても変化があらわれない私を見て、血の支配が及んでないことは薄々感付いていたらしいけど、だからこそ、それを教える必要はないと考えた──ということだった。

(でも、それだけなのかな……)

 けれど私は、彼の答えを聞いた後でも釈然としないところがあった。

 上手くは言えない。
 ジュリアスがまったくの嘘を言っているとも思えない。
 ただ、嘘ではないにしろ、まだ隠していることがある。言っていないことがある。
 そんな気がしたのだ。

(まあ、いいか。急ぐようなことでもないんだし)

 さしあたって考えるべきことは他にある。
 そもそもグランセアに戻ってきたのはグスタフに会うためだ。
 私は気持ちを切り替え、第六小隊の訓練場へと歩を進めた。



 そして、目的の場所に着いた時、私は小さな驚きの声をあげた。
 朝一番で稽古場にいた一人の隊員。
 両手で剣を持ち、巻き藁を前にして正眼の構えを取っている。
 見覚えのある後ろ姿、間違えようもない。
 こちらの声に反応し、振り向き私を見ると、その表情は満面の笑みに変わる。
 私と同じ金の髪に青の瞳。ただ、最後に会った時より背が伸び、体も大きくなっていて。
 
「グスタフ!」

「お姉ちゃ……姉さん! おかえりなさい!」

 剣を鞘に納め、駆け寄ってくる私の弟、グスタフ。
 まだ別れてから数か月しか経っていないのに、何だか数年ぶりに会ったような気さえする。
 私は、同じように笑顔で弟を迎え入れる。

「もう戻ってきてたのね、隊長から今日のうちとは聞いてたけど。夜中に着いたの?」

「うん。でも姉さんが来てるってのは、さっき知ったばかりなんだ。とりあえず午前中はここで訓練して、昼になったら宿に行こうと思ってたんだけど」

「ちょっとそれは……昨日の今日でスケジュール詰めすぎじゃない? ちゃんと休めてるの?」

「任務も早めに終わったし、日付が変わる前には宿舎に戻れたから大丈夫だよ」

 弾んだ声を聞けて、ようやく肩の荷が下りた気持ちになる。
 良かった。私がいなくても元気にやれているみたいだ。
 心のどこかでホッとしている自分に気付き、やっぱり心配だったのだと今更ながらに自覚する。

「姉さんは、どうしてここに?」

「特にこれといった理由はないけど……私も昔はここで稽古してたからね。久しぶりに覗いてみたくなったの。ていうか、『姉さん』って何よ」

「え。何って、姉さんは姉さんじゃないか」

 そうではなくて、呼び方のことだ。

 『お姉ちゃん』。
 グスタフは小さい頃から私のことをずっとそう呼んできた。
 さっきもそう言いかけて、訂正して、今もなんだかうろたえている。
 どういう心境の変化なのか。まあ、聞かなくてもだいたい予想できるけど。

 「うふふ」と私が意味深に笑ってみせると、グスタフは「いいだろ、別に」と唇を尖らせた。

「オレだってもう騎士団の一員なんだ。子供のままじゃないんだよ。隊長とかの前で『お姉ちゃん』なんて呼べないだろ」

「『オレ・・だって』?」

「う」

 自分のことは『僕』と呼んでいたはずだけど?
 そんな心の声を表情で伝えると、「ああ、そうだよ。オレだよっ」と言い返し、グスタフは顔を赤くする。

「そっかそっか。少年はこうやってオトナになっていくわけねぇ」

 そんな弟の背伸びと成長が嬉しくて、いとおしくて。
 それから、少し寂しくもあって。
 私自身はそんなに偉いものでもないけれど、巣立ちを見守る親鳥の心境はこういうものかもしれないなと思った。

 そして、私たちは限られた時間の中でたくさんの話をした。
 今はどんな暮らしをしているのか。不自由はないか。隊の皆と仲良くやれているか。
 私生活のあれこれから始まって、従事する任務のことや日々の鍛錬、剣や稽古のことなども。
 どうやらグスタフは隊長に憧れて、彼と同じ得物、カタナと呼ばれる東国の片刃剣を使っているらしい。
 腰に下げたそれを抜いて誇らしげに振ってみせた時の顔は、まだ幼さを残していたけれど。

「──ちょっと待ってグスタフ。腕と身体がてんでバラバラじゃない。そんなんじゃ上達するどころか逆に悪くなるわよ?」

「え、でもさ」

「反復練習っていうのはね、正しい型を身体に覚えさせるためやるの。回数をこなすことが目的になったら意味がないわ。たくさんやるのもいいけど、まずは一本一本をしっかりと振らなきゃ」

「う、うん」

「そうそう、腰は落として上下させずに、剣は胸で振る! 振り終えた後の残心もしっかりと! 型自体はちゃんと隊長から教えてもらってるみたいね」

「姉さん、よく知ってるね……」

「何言ってるの、こんなの基礎中の基礎じゃない。あと巻き藁もね、他の隊だと思いっきり勢い付けて斬ってる人いるけど、これは正しい刃筋が立ってるかを見るためのものだから。斬る時は振りかぶらずに、腰の動きだけで……こう……ふッ!」

「うっそ、押しただけで斬れんの!?」

「何事も何のためにやるのかを考えて取り組むこと。いいわね?」

「お姉ちゃん、すご……」

 最後は普通にお姉ちゃん呼びに戻ってるし。

 ともあれそんな感じで、私たちは会えなかった時間を補うように語り合ったのだった。




「──って、違う! 何をやってるの私は! そうじゃないでしょうが!」

「な、何!? どしたの?」

 何かめでたしめでたしでまとめられそうな雰囲気だったけど。
 我に返って思わず叫んでしまった。
 剣の指導なんかしてる場合じゃない。私はグスタフを騎士団からやめさせるために来たのだ。
 乗り気になって巻き藁切りなんかしちゃったけど、そもそもそこから遠ざけなければいけないのに。

「えっと、グスタフ」

「うん」

「……」

「何?」

 何と聞かれて返す言葉が出てこない。
 今の流れで「騎士団をやめなさい」とは、とてもじゃないが言える雰囲気じゃなくなっていた。
 グスタフは「次は何を教えてくれるの」と言いたげな表情で、爛々と瞳を輝かせている。
 どうやって話を持っていこうかと考えるけど、ろくな言葉が思い浮かばず、悪い意味で適当な世間話になってしまう。

「き、騎士団は……楽しい?」

「うん。すごく」

「……どうして入ったの? もっと割のいい仕事はあったでしょうに」

 確かに給金はそれなりだけど、騎士候でない団員の扱いは実際のところあまり良いとはいえなかった。
 何故かというと、この国ではもともと剣は重要視されず、魔術の方が幅を利かせているからだ。
 アルマタシオを除くグランセアや近隣の国々では、体系的な魔術の理論が確立され、諸々の場面で活用されている。
 吸血種のような超常の神秘さはないけれど、有事の際にも騎士より魔術師の方が活躍し、どちらかといえば騎士団も貴族の子息たちが学ぶための場所という位置づけだった。

「……追いつきたい人がいるから」

「え?」

「僕にはずっと前から目標としてる人がいるんだ。その人に追いつき、追い越すために、その人と同じ騎士団に入ったんだ。剣の稽古を続けてるのもそのためさ」

「……そうなの?」

「そうだよ」

「初めて聞いたけど……」

「今まで言ったことなかったからね」

 初耳でもあったし、何より予想外の答えだった。

 誰のことだろう。
 騎士団でグスタフが目標にするくらい強い人。選んだ剣の種類からみても、なんとなくサキサカ隊長あたりだと思うけど。

「その人には、ずっと守られてきた。でも……ダメなんだよ、助けられてるだけじゃ。僕が守らないと。もっともっと強くなって、いつかはその人を守れるくらいになりたいと思ってる」

 それは……随分と大きく出たなあと思う。
 隊長を守りたいだなんて。そんな大それた望みを口にするのは、ちょっとグスタフらしくない。

 でも、そのくらいでないとモチベーションにならないのかもしれない。
 確固たる決意があるからこそ、危険な任務にも身を投じていける。
 実際、グスタフの瞳がそう物語っていた。
 弟は合った目線を逸らすことなく、私を見つめる。
 青く澄んだ瞳からは、純粋でまっすぐな強い意志を見て取ることができた。

「……まいったなぁ」

 私はため息をつく。
 ふと顧みて、自分の中の決意が揺らいでいることに気付いた。

 いつも私の後を駆け足でついて来ていたグスタフ。
 それがいつのまにか、一人の男としての顔つきになっていて。
 まだ大人とまではいえない。けれど、そこに居たのは発展途上ながらも一振りの刃を思わせる、若き剣士の姿だった。
 
(こんなことじゃ強く言えないじゃない……もう)

 あるいは本当に認めてあげるべきなのかもしれない。
 この子にはこの子の人生がある。目標をもってそれに邁進している姿は、称賛こそすれ咎められるものではないはずだ。
 少なくとも状況に流されがちな私より、ずっとしっかりしているのではないか。

「ていうか、姉さんの方こそどうなのさ。アルマタシオではちゃんとやれてる? 一人で慣れないところで、大変じゃないの」

「心配しなくても大丈夫よ。皆よくしてくれてるし。友達だってできたんだから」

「……旦那さんは? ファルケノスの公爵の……名前は、なんていったっけ」

「ジュリアス」

「そう。その人は……いい人なの?」

 そう言って、グスタフは心配そうに私を見る。

「姉さんは、その人と……け、結婚して……幸せなの? もし嫌だったりするならさ、ずっとこっちにいればいいよ。向こうの奴らが取り返しに来ても渡したりしない。僕だけじゃない、小隊の皆で、姉さんを……守るから」

 声にいくらかの照れは混じっていたけど、言葉は真剣そのものだった。
 弟は本気だ。きっと私がそうして欲しいと頼めば、全力で私を守ろうとするだろう。

「……ありがとね。でも、大丈夫だから。公爵もなんだかんだで噂されてるよりはずっと優しい人よ」

 実際、自由奔放であっても、それと両立してジュリアスは私にかなりの気遣いをしてくれていた。
 夜の逢瀬についてもそうだ。最初の晩に手を出さないで以降、驚くべきかな彼との夜伽は未だ最後にまで至っていない。
 触れたりはする。けれどそれも、無理矢理だったりすることはなく、こちらの反応を見て優しく慈しむようにという感じなのだ。

 そして、そのことは同時に私の気持ちにも一つの変化をもたらしていた。
 つまりそれは……正直なところ、少しだけもどかしい。
 はっきり言ってしまえば、もっと踏み込んできてほしい。そんな思いがほのかに芽生えていた。

 今までなら、彼の相手をつとめなければという義務感のようなものが先立っていた。ジュリアス自身はそんなふうに事に臨まれることを嫌がるけど、やめろと言われてそう簡単に気持ちを変えられるものじゃない。
 ただ、向こうが積極的に攻めてこないと、逆にこちらとしては物足りなくなる。
 我ながら自分勝手だと思う。
 それともこれが、そこまで見越した彼の作戦なら、まんまと罠にかかってしまっているわけだけど。

 ……ともあれ、そう思うということは、そこまで嫌ではないということだ。
 本気で彼に惹かれ始めているのか。
 私自身、今抱いている気持ちを表す言葉を、自分の中に見つけられないでいた。

「……姉さん、どうかしたの? 顔、真っ赤だけど」

「えっ!? な、何でもないわ。……何でもないから……うん」


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