あなたの寵妃でかまわない ~騎士令嬢は吸血公爵に溺愛される~
第5話
公爵の屋敷に迎えられてそれなりの日が経った。
今朝も私はタニアに髪をとかされながら、ぎこちなく微笑んだ自分の顔を鏡で見ている。
人に何かをやってもらうというのは、いつになっても慣れない。
申し訳ない気持ちもあるけど、隙を見せるのが怖いのもあるのかもしれない。
それはいいことなのか悪いことなのか。彼女にその緊張が伝わってしまうのは、少し気まずい思いがある。
ただ、それでも今日はいつもより自然な笑みを保てていると思う。
というのは、実際嬉しいことがあったからだ。
幾度かの夜を公爵と過ごしてみて。
お互いの関係はまだまだだけど、ジュリアスは私の話を聞き、いくつかのささやかな望みを聞き入れてくれた。
それは、かつて私がいた騎士団のこと。
それから、弟グスタフのこと。
「手紙を届けるくらい造作もないことだ。お前の弟と、あとはお前が属していた騎士団だったか。その二つでいいんだな?」
「はい。あと、可能ならグスタフが元気にやっているか、どなたかに見てきていただきたいのですが。あの子は無理をしてもそれを隠そうとするところがあるので」
「わかった。遣いにやる者にそれも伝えておこう。手紙もその時に直で渡させればいいだろう。早馬で行かせるよう手配しておく」
「ありがとうございます」
それから、ここだけが普通の夜伽とは違うところなのだけど、逢瀬の時間の最後になって、公爵は私の血を吸うことを所望した。
それは身体を重ねる行為の代わりかと思いきや、むしろそちらこそが寵妃としての本質であるらしい。
「吸血種は眷属の血を取り込むことで、さらに己の力を高めていく。悪いがこれだけは後回しにできんぞ。俺はずっと抜きにしてきたのでな」
「は、はいっ。ど、どうぞ!」
私は噛まれるためにぐいと肩口を晒す。すると公爵は一瞬あっけにとられ、それから小さく吹き出した。
「別に首筋でなくてもいいんだが……。人差し指の腹をナイフで切って、そこから数滴血を飲むのが一般的なやり方だ」
「お望みなら、首にしてやろうか?」と笑うジュリアスに、ふざけ半分なことはわかっていても、私は赤面せざるを得なかった。
◆
「それにしても、今日は何だかいつも以上にガチガチな感じの服ね……」
そして、タニアにコルセットを締められながら、私は鏡の前でつぶやく。
その日の午後はレッスンを中断し、来客の予定が入っていた。
来客というか、正しくは往診だ。
私の身体に吸血種としての変化が一向にあらわれないことを気にかけ、公爵が医者を呼んでくれることになったのだ。
診察されるのにこんな正装になる必要があるのかと疑問に思う。
首を傾げていると、タニアは怪訝な表情で「何も聞いていらっしゃらないのですか?」と私に尋ねた。
「何もって……どういうこと? 今日はお医者様が来るとしか聞いてないけど」
ちなみに先日、敬語は不要だと言われたので、こうして割とフランクに話させてもらっている。
問い返す私に「それも間違いではないのですが……」と、彼女は逡巡して言った。
「本日お見えになるのは、ただのお医者様ではありません。その方の名は、ルーファス・ハウ・ド・アルマタシオ。このアルマタシオにおける第三位の王位継承権を持つお方。王子殿下でいらっしゃいます」
「だいさ……お、王子!?」
不意打ちにも近い知らせに私は思わず声をあげた。
というか、王子様が……お医者様? しかも、そんな偉い人が私を診に来るってどういうこと。
並べられた事実が頭の中でつながらない。
「ルーファス殿下は王族の中でも変わり者として有名なのです。そもそも不死身の吸血種にとって医術など無用の存在。しかし殿下は、わざわざその無用の術理を好んで学び、修めておられるのです」
その王子様は職業医師というよりも、むしろ研究者に近い立場らしい。
貴族の大半が吸血種であるこの国の情勢からすれば、なるほどとうなずける話ではある。
加えて、彼とジュリアスは長年来の友人であるという。
吸血種を診る医者自体が他にいないこともあって、ジュリアスは知己である彼に白羽の矢を立てたとのことだった。
そして、太陽が空の真上にさしかかる頃になり。
「元気そうだねジュリアス。久しぶりにその無愛想な顔を見られて嬉しいよ」
王族御用達の馬車から一人の影が降り立つ。
ジュリアスやタニアと同じ銀髪赤眼、長い髪を後ろで一本に縛った吸血種の青年──ルーファス殿下その人が、私たちのいる屋敷へとやって来た。
「殿下も息災なようで何よりです」
王子の軽口に反応せず、ジュリアスは抑揚のない声で礼儀にのっとった挨拶をする。
後ろに控える私やタニアも、彼に続いて頭を下げる。
──と、直後、王子と公爵の視線が交差すると、二人は耐え切れなくなったように同時に笑いを漏らした。
「くっ、あはははっ。ジュリアスってば何その殊勝な態度。借りてきた猫じゃないんだからさ」
「お前こそ、数年振りに顔を合わせて最初に言う言葉がそれか。まったく、全然変わってないな」
申し合わせたかのように互いの拳をかち合わせる。
身分差があるとは思えない気安さで、楽しげにじゃれあう王子と公爵。
その短いやり取りだけで二人がどれほど親しいか、信頼関係の深さをうかがい知ることができた。
「で、そちらが今回の患者さん……公爵閣下の愛しい寵妃サマかな? 僕はルーファス・ハウ・ド・アルマタシオ。どうぞよろしく」
「あっ、は、はい。ソフィアと申します。このたびは王子殿下に拝謁を賜り、まことに恐悦至極に存じます」
「あー、待って待って。そういう堅苦しいのはいいから」
口上を述べようとする私を、王子殿下は手を振って制した。
「僕は王族っていっても世捨て人みたいなもんだからさ。あんまりかしこまらずに、気楽に話してくれると嬉しいな」
「はぁ」
その言葉を額面通り受け取るべきか。返事に迷っていると、ジュリアスが近づいて言う。
「ただの変人だ。何なら呼び捨てで呼んでやっても構わないぞ」
「……いや、ジュリアス。さすがに『さん』付けくらいはして欲しいんだけど」
「ルーファス『さん』。……うわ、全然似合わないな」
「君じゃなくてさ」
そんな軽妙なやり取りに、私は思わず頬を緩める。
「おっ、笑ったね」と王子殿下が私を見て微笑む。
ジュリアスは「では早速、ソフィアを診てもらおうか」と、彼を邸内へと導いた。
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