僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

妄想

 「柏木さん、彼氏と仲直りできて、本当によかったよね」
 長瀬先輩が自分のデスクで頷く。
「はい。お陰様で。ありがとうございます」
 私はキャスターの椅子ごと身体を長瀬先輩に向けて、深々と頭を下げた。
「いや~、柏木さん、喧嘩中は見てられなかったよ。本当によかった」
「え!? そんなに酷かったですか? お仕事中はそれでも考えてなかったんですけれど」
「今だから言うけど、目がね、死んだ魚の目になってたよ、死んだ魚の目!」
「うそだあ! 長瀬先輩大げさですよ!」
「いや、ホントだって!」
 長瀬先輩が笑った。

 仕事も順調。今まで長瀬先輩一人で担当していた面接に、私も同席させてもらえるようになっていた。それと長い目で見た時のキャリアを考えて、今すぐにではないけれどいつかは、前の総務課の部長が人事部へ持ち越した社会保険事務の勉強をしておくようにと指示を出され、早々に勉強を始めた。
 マクロの勉強と同時に行ってる。学生時代は勉強なんて面倒に感じていたけれど、社会人になってから始める勉強というのはなかなか楽しい。
 やらなきゃいけない勉強は苦痛だけれど、やらなくても良い勉強は楽しめる。私って、何気にへそ曲がりなのかな? そう思って茜ちゃんと長瀬先輩にお弁当会の時に言ったら、私も、俺も、と賛同を得た。みんな自分が興味を持っている事の勉強は楽しいらしい。

 私もこの百貨店で、長いキャリアを考えなきゃ。
 あ、そういえば、薫さんて、結婚したら共働き希望? それとも、家に入ってほしいのかな? どっちだろう……。
 もし、薫さんが家に入ってほしいって言ったら、私、この仕事辞めなきゃいけないのかな……。

 少し妄想してしまう。

 もし、家に入ったら。毎日薫さんにお弁当を作って、玄関でお見送りのキスをする。薫さんが帰ってくる時、美味しいご飯を作ってお風呂を沸かして、玄関で「おかえりなさい」って迎えて、薫さんが「ただいま」って笑顔で言う毎日……。
 うん、楽しそう。でも、薫さんがいない時間が暇かも。あ、でも薫さんち、小さい庭があるから、土いじりとか楽しいかも! お花や、野菜なんか作っても楽しいかも! 節約にもなるし!

 じゃあ、もし共働きだったら? お弁当を作ってお見送りするのは、私の方が出勤時間も遅いからできる。「おかえり」は言えないけど、今のお休みのように、薫さんと一緒にお夕飯作るのかな? 一緒にお風呂に入って、今日会社でこんなことありましたー、疲れちゃったー、って言ったら、薫さんが優しく抱っこして慰めてくれたり? うん、それも悪くない。

 薫さんと一緒に居られるなら、どっちでもいいかも!
 でも、折角入社できたのに、お仕事辞めるのは惜しいかな。今の仕事、楽しいしやりがいも感じる。先輩方もいい人ばっかりだし、茜ちゃんとも仲良くなれたし……。どうしよう。悩む。

 わあ! そんなこと考えてたけど、そもそもプロポーズどころか、結婚のけの字も言われてなかった! 完全に取り越し苦労! うーん、恥ずかしいやら悲しいやら!

 そんな事を考えていると、あっという間に薫さんの展覧会の日が迫ってきた。

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