僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

 水瀬さんと、あれから会わない。まあ、部署も違うし、それが普通と言えば普通なんだけど。今まで、私に積極的に話しかけていてくれたんだろうな。その目的が薫さんだろうけど。なんとなく、落ち込む。別に好かれているとは思ってなかったけど、もう用無しなのかな、と思って落ち込んだ。薫さんの事もあって、ダブルパンチ。
 それでも、慣れない会社で優しく話しかけてくれた事が嬉しかった。
 そう思っていると、長瀬先輩から彼女の情報が入った。
「水瀬さん、退職したらしいよ」
「え!? 何でですか!?」
 私の食いつきように、デスクから長瀬先輩も身を乗り出す。
「実家の長岡に帰るんだって」
「長岡!?」
「そう、色んな噂が飛び交ってる。お見合いするとか、結婚が決まったとか、ご両親が病気になったとか」
 2つ目の噂に、ひゅっと息をのむ。
 結婚って……、薫さん……?
 目の前が真っ暗になった私を見て、長瀬先輩は慌てて言葉を繋げる。
「尾ひれも背びれもついた、しょうもないただの噂だよ。みんな面白おかしく噂してるだけで、本当の事なんてごく一部の人しか知らない訳だし。水瀬さんも、退職の挨拶には『実家に帰る事にしました。』の一点張りだったらしいし。
 柏木さんがお休みの時に人事部にも挨拶に来てね。そう言ってたよ。
 あと、柏木さんにもよろしく、ありがとうって」
「そう……ですか……」
 よろしくって……、ありがとうって……、薫さんと連絡取れた事かな……? それから、連絡取り合ってるのかな……? 薫さんと、うまくいってるってこと……? だから、ありがとうってこと?
 頭の中が嫌な妄想で一杯になる。
 私はあまり薫さんに返信をしない癖に、水瀬さんと連絡を薫さんが取るのは嫌なんて、私、わがままなのかな……?
 ずんと胸と頭が銀色の鈍い鉛を注ぎ込まれたかのように重くなる。
「柏木さん、気にしちゃダメだよ。彼氏さん、毎日連絡くれてるんでしょ? それが答えだよ」
「連絡……、くれるんです。でも、私、3日に1回しか返してなくて……。私がそんなんだから、薫さん、水瀬さんがよくなっちゃったかも……」
 あ、どうしよう。口に出したら現実味が増して、涙が出そう。だめだめ! ここ職場! と、自分に喝を入れる。
 長瀬先輩が優しい口調で言う。
「それでも毎日連絡くれてるんだから、一度話してみたら?」
「……はい」



 家に帰ってから、ベッドで横になり考える。
 薫さん、こんな私に愛想尽かしてるかもしれない。
 今のところ、薫さんからは

『お仕事お疲れ様。
 今日は晴れてて絶好のピクニック日和だね。
 映子ちゃんが作ってくれたお弁当を思い出します。
 映子ちゃんは今日はどんな1日だったかな?
 ゆっくり休んでね。
 おやすみなさい』

『おはよう。
 今日は、僕が出張で買ってきたお土産を映子ちゃんと一緒に食べる夢を見たよ。
 映子ちゃん、頬張ってたね。美味しかったかな?
 隣県にまた出張があった時、買ってくるね。
 今日も1日お仕事頑張ってね。
 でも、無理はしないでね。』

 などと、他愛のない文章が届く。
 その文面に目を通すと薫さんの優しい笑顔を思い出して、春の麗らかな気持ちになった後すぐに、どうして水瀬さんを忘れられないまま私と付き合ったんですか、と心の中で問いかけ、心は一気に氷点下に一直線。
 薫さん、美術室で一緒にクリスマスケーキを食べた時も、初めて私を抱いた夜も、こうして毎日1通私にラインを送ってくれている時も、水瀬さんが忘れられなかったんですか?
 情緒不安定になる。
 返信しようと思って一生懸命考えても、水瀬さんの顔がちらついて億劫になってしまう。
 今日は薫さんのラインを既読スルーして、3日経つ。もう限界だった。

『薫さんへ
 ごめんなさい。どうにも体調が良くなくて、お仕事も忙しくて、暫くラインに目を通すことができません。
 なので、暫く送らないでください。
 自分勝手で本当にごめんなさい。』

 震える指で送信ボタンを押すと、すぐに既読が付いた。

『わかりました。
 体調、無理しないでね。お大事にしてください。
 待ってます。』

 と、すぐに返信が来た。

 薫さん、ごめんなさい。
 ラインを寄こすなと送ったのは自分なのに、心が悲しかった。薫さんの気持ちを知って現実を突きつけられるのがこわくて、前にも、後ろにも進めない。何か悪い夢でもみているかのような気分。
 ティッシュで涙と鼻水を盛大にかんで、眠りについた。
 どうか、幸せな夢がみれますように。

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