僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

溜息

 照り付ける太陽が輝く土曜の正午、私は家の中で着替えていた。

 この日のために新調した、ネイビーのレース素材の下着を身に付けて、ワンピースや、スカート、トップスをとっかえひっかえしてる。そしてまたワンピースを着てみたり。
 薫さん、どれが好みかな……。うーん、悩む。
 最終的に、薫さんが前に「映子ちゃんらしくて可愛い」と褒めてくれた、肩にゆるいフリルが付いた、白のワンピースにした。
 最後に剃り残しが無いか、入念にチェックする。よし、無い!

 予め買っておいた食材を持って、自転車で薫さんの家へ向かった。
 薫さんが帰ってくるのは20時だから、それまでに夕飯の支度をしておきたい。
 今日は薫さんが好きな、大根おろしの和風ハンバーグ。ハンバーグに添えようと思って、ちゃんと大葉も買ったし! バッチリ!
 日差しが強くて、少し汗をかいた。髪が首と腕に張り付く。せっかくお風呂入ってきたのに。
 薫さん、家でキッチンでもバスルームでも僕の部屋でも、全部好きに見たり使っていいからねって言ってたし、お言葉に甘えてバスルーム借りようかな。

 自転車を薫さんの家の庭に停めて、鍵を使って中に入る。
「お邪魔します」
 薫さんのいない薫さんちって、なんか変な感じ。彼の匂いがして存在感はあるんだけど、実際に彼の姿形は無い。主が不在。不思議な感覚。


 炊事を始めると、この間の事が思い出された。


 あの後、小学生のような悪口が書かれた紙切れに泣き出してしまった茜ちゃんを宥めていると、茜ちゃんの上司の黒澤先輩が更衣室に来た。
 事情を説明して紙切れを見せると、蹲る茜ちゃんの背中を優しく撫でながら、黒澤さんが優しく言う。
「中本さん、気にすることないよ。大丈夫、みんな中本さんの味方だからね。
 これ、多分、長瀬さんを好きな人だと思う。今日のお昼、長瀬さんと柏木さんと、3人で楽しそうにランチしてるの見かけて、嫌な予感してたんだよね。
 今まで長瀬さんと仲良くした子って、嫌がらせされてるの。あの水瀬さんも、過去にされてた。当時、彼女もすごく悩んでたと思う。
 それを知った長瀬さんは犯人捜しをしたんだけど、結局うやむやで終わって……。
 それから長瀬さん、会社であまり女子社員と仲良くしなくなって、暫く平和だったから、長瀬さんもそろそろ大丈夫かなって思ったのかもね」
「えっ! そうだったんですか?」
 私は驚いて、続ける。
「でも、茜ちゃんより先に、長瀬先輩としょっちゅう一緒に居た私は何も嫌がらせとか受けてませんが……? 何ででしょう?」
 頭の中がクエスチョンマークだらけになった。
「柏木さんはあまり自分から話さないけど、彼氏一筋ってみんな知ってるからじゃない?右手に立派な指輪してるし。焼きもちを焼く対象じゃないんでしょうね。なんとなく見てればわかるけど、柏木さんは長瀬君に対して恋愛感情は微塵もなさそうだし」
「なるほど!」
 薫さんに守られた気がした。

 黒澤さんが上司に報告してくれるとのことで、スマホで証拠の写真を撮った。
 その紙切れはいざという時のためにとっておいた方が良いとのアドバイスを貰い、茜ちゃん本人が持っていると不安が増殖しそうなので、私が預かる事にした。
 黒澤さんと私で、なるべく茜ちゃんから目を離さないようにすることにした。念のため、何かあってからじゃ遅いし……。
 今、その紙切れは私の実家の机の上で、塩漬けにされている。霊感はむしろゼロと書いて0感の方だけど……なんか、怨念とか籠ってそうだし……。くわばらくわばら。

 それからは、特に何も起こっていない。


 換気扇のスイッチを入れた。
 ハンバーグの種を、焼き始める。じゅうじゅうと香ばしいお肉の香りが広がる。
 ……長瀬先輩には、報告した方がいいのかな?
 茜ちゃんは、
「長瀬さんには心配かけたくないから、言わないでね」
 と言っていたけれど……。
 2人を引き合わせたのは私だし、責任と罪悪感を同時に感じる。私が余計な事をしなければ、茜ちゃんは今頃平和に笑っていられたはずなのに。
 ハンバーグから立ち上る煙が、溜息と共に換気扇に吸い込まれた。

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