僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

過去

「まあー、当時はホント、激務だったよね。若かったからできたんだと思う。あれを今やってくれって言われても、絶対に無理だわ」
 清水がははは、と声を上げて笑った。
 「確かに」と僕も笑った。
 清水は続ける。
「激務で、薫は体調を崩すときが多くなってきてた。仕事に穴を開けられないから、這ってでも出社してくるんだけど、顔真っ青なの。え? 磔にされた、キリスト? ってくらい、真っ青。
 映子ちゃんが初めて薫と出会った時の、あの病気だな。日に日に悪化してってた。
 そんな中で、エースの河合先輩が、地元に帰って実家の家業を継ぐから、辞めることになったんだよ。
 ちなみに多いんだよね、どっかの会社の2世が。父親の会社継ぐ前に修業に来てる人達。自分の会社にそのまま入社しちゃうと、視野が狭くなるって言ってね。社会勉強だよね。
 話を戻すけど、そうなると、今まで河合先輩が抱えてた大口顧客は誰が管理するの? って話になるよな? そこで俺と、薫に白羽の矢が立った。
 俺は、その話を打診された時、ああ、ついに花形か。あとは後輩育てて、地盤が固い人間関係作って、出世レースに乗るのか。今まで出世レースを傍観してたけど、あのエグい足の引っ張り合いに俺も仲間入りするのか。頑張るか。って思ってたんだ。
 でも薫は違った。病気を抱えてこれ以上の仕事は無理だった。倒れたんだよ。社内で、何度も。
 で、大学時代の恩師に相談したら、『優しい原元に過酷な出世レースは辛いだろう。それより、隣県で教員にならないか? のんびり働け』って言われてさ。それが映子ちゃんの高校だったってわけ。
 ちなみに薫は当時、それが理由で彼女と別れたよ。すごい女だったよな、気が強くて。別れ際、病気の薫に向かって『せっかくの出世レースに参加する前に逃げるの!? 意気地なし!』って言ってたな。こわい女だった……。
 そんな薫が、可愛くて優しい彼女が出来て、その彼女が商社に入社したい、なんて言い出したら、薫としては不安だよな、て訳で、俺が話しに来たんだ。
 まぁ、ハッキリ言って、あんな裏での足の引っ張り合いを見せ付けられたら、中には本当に良い人もいるんだろうけど、こわくなっちゃうよね。
 俺、あの頃は自分の会社の人間と話すより、自分の顧客様と話してた方が安心できたもん。俺が知らない事をこっそり教えてくれたりしたもん、顧客様は。
 本物の敵は同じ社内にいて、味方が社外にいるなんて、ホント変な話だよな」
 話し終えて、清水はエビの天ぷらに塩をつけて食べた。
「そんな過去があったんですね……。知らなかった。薫さん、全然話してくれないから。過去のことも、病気のことも。
 でも、今日知れてよかったです。ありがとうございます」
 彼女は笑顔でそう言うと、隣に座っている僕の手をそっと握った。
 清水がビールを煽ってから言う。
「ちなみにだね、映子ちゃん。商社は君のような素直な子は辞めといた方が良い。足の引っ張り合いがえげつないよ。正面切って嫌がらせしてきたり、いじめてくるヤツは可愛いんだ。犯人自分です、って名乗り上げてくれてんだからな。本当に怖いのは、味方のフリして陥れてくるやつ。情け容赦なく。社会に出たら、気を付けな。おっさんからのアドバイス!」
 映子さんは顔を少し青くして、
「は、はい……。こわい……。」
 と呟いた。

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