僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

コネ入社

 「薫と俺はコネ入社でね。研修の時から扱いが違ったよ。3,4カ国語も話すような奴らは、将来海外勤務決定事項で、いわゆるエリートだな。将来出世コースが約束されてるんだ。
  一方俺らは、2人とも同じ部署に配属されて、入社初日挨拶して、上司にいきなり、『じゃ、これやっといて』って分厚いファイルを何冊も渡されて、上司がその場からいきなり消えるんだよ。どっか行っちゃうの。俺たち右も左もわからないだろ? 一体何のファイルかすら見当もつかない。だから、周りにいる先輩たちに、『あの、教えてください』って聞くだろう? みんな、『さあ?』とか、『知らん』の一点張りなんだよ。
  携帯電話を一台渡されてるんだけど、鳴るんだよ。出るだろ? 相手が何をしゃべってるのか、さっぱりわかんないんだよ。え? 何それ? 日本語? みたいな。必死の思いで切ると、切った瞬間また鳴るんだよ。その繰り返し』
 ここまで清水が流暢にしゃべると、映子さんは固まっていて、ゴクリと喉を鳴らしてから言う。
「社会って……、仕事って、こわいですね……。」
 清水が旬の京野菜を使ったサラダを箸でつまむ。
「まあ、俺らがコネ入社だからってのもあったと思うけどね。どうせ使えないだろって思われてたんだろうね」
 彼はそうフッと鼻で笑うと、箸でサラダを口に運んだ。
 僕はグラスビールに口を付けてから言う。
「でも、普通は新入社員には親切にするもんだと思うよ。同期の受付に配属された女の子達なんかは、先輩が親切だったって言ってたし。昔はそういった風潮もあったってことだよ」
 彼女をこわがらせないためにフォローしたつもりだった。

「まあ、そんなこんなで半年が過ぎた頃、俺たちも仕事を覚えて、一人前になってた。
 俺たちはさ、商品の価格を決める役割もしてたんだ。仕入れ先から安く仕入れて、卸先に高く売りつけて、差額を頂く。両方に良い顔して、自分の懐にたんまりいただく。
 夜は毎晩接待続きで、太鼓持ち芸人に徹する。俺たちにとって都合よく動いてもらう為にね。
 そんな毎日で、ある日、ある商品に俺が値段を付けたんだよ。そしたら、それを見た上司が、『河合が付けた値段か?』て聞いてきたんだよ。あ、河合さんて、俺たちの部署のエースの先輩ね。で、『いえ、私です』って言ったらさ、上司が『良い値段だな。てっきり河合が付けたのかと思ったよ』って。あの、初日に俺たちを置き去りにした上司が。
 俺と薫は、どうにか売り上げを上げようと必死だった。けどさ、みんな、高額の売り上げを次々に売り上げ上げてくるのよ。叶わないよな。そこで俺たちは考えた。みんな、大口契約に必死になって、小口契約を見逃してるんだ。だから、俺と薫は小口契約を100件以上抱える事にしたんだ。数で勝負したんだ。数が多い分、俺たち2人は毎日みっちり仕事してた。
 俺たちは、成績1位がエースの河合先輩、2,3位を俺と薫で争うまでに成長した。
 コネ入社じゃない、普通に入社した同期に言われたよ。『清水と原元、すごいよなー。同期の中で一番仕事こなしてるよな』ってね」
 清水が語ると、映子さんは目を丸くしていた。
「薫さんから清水さんはすごく出来る人間だって聞いてたのですが、薫さんも成績良かったんですね。知らなかった……。すごい」
 僕の顔をまじまじと見られて、僕は少し照れて頭を掻いた。

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