僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

コーヒー

 自分の家で明日の授業で使う単語帳の形をしたカラーサンプルを用意し終えた時、彼女が寝てしまう前に連絡をしなくては、と、仕事用鞄である黒いリュックサックからスマホを急いで取り出す。

『こんばんは。
 お店、ここなんてどうでしょう?
 URL送りますね。

 もし良さそうなら、ご都合は何時がよろしいですか?』

 僕がそう送ると、直ぐに既読が付いた。
 ブロックされていなかったことに胸を撫で下ろす。彼女の可愛らしさと僕では、どうにも悲観的になってしまう。
 少し下の階に降りて、コーヒーでも淹れてこようかな。

 僕は、築何十年でぎしぎしと音を立てて軋む2階建ての木造の古民家に1人で住んでいる。
 元々この家には、祖父を亡くした祖母が、一昨年まで1人で住んでいた。掃除好きだった祖母のお陰で、この古い家も綺麗に保たれていた。
 祖母も亡くなり、この家を取り壊すか、という話が出た時、当時東京の商社で働いていて一杯一杯になった僕に大学時代の恩師が、隣県で教師にならないかと話を持ってきてくれた。隣県は、祖母が住んでいた県だった。
 東京から離れる事で当時の彼女とは別れる事になったけれど、僕は後悔はしていない。
 あのまま商社で働いていたら、僕は確実に潰れていたであろうから。
 渡りに船とばかりに、僕は恩師に二つ返事でその話に乗った。

 コーヒーのマグカップを持って2階に上がると、スマホのお知らせランプがチカチカと緑色に点滅している。

『こんばんは。
 ご連絡ありがとうございます!
 とても素敵なお店ですね。是非行ってみたいです。
 素敵なお店を探してくれて、ありがとうございます。
 今週の日曜日なんて、どうでしょうか?』
 丸い白うさぎが小首を傾げたスタンプ付きだった。

 僕はもう天にも昇る気持ちになる。
 あの素敵な彼女にまた会える。
 ああ、先週たまたま美容院に行っておいて良かった。

 彼女とラインで時間を18時に決め、車の免許を持っていないのでお迎えをお願いしてもよろしいでしょうか? と言うほっぺたがピンクのうさぎの可愛いスタンプ付きの彼女のおねだりに、もちろんです! と返した。
 聞くところによると、彼女は実家でご両親と同居しているらしい。
 社会人か、はたまた大学生か……。日曜日に食事をしながら聞いてみよう。

 今から思えば僕は心の底から浮かれていて、間抜けさが最高潮だったと思う。
 何故、彼女にきちんとラインで、話題の一環として聞いておかなかったのか。
 僕は後に、自分の憶測で物事を判断すると痛い目に遭うという事を、久々に痛感する羽目になる。

 スマホを左手に持ち、右手で持った熱いコーヒーが入ったマグカップに口を付けて、
「あちっ!」
 と叫んでも、浮足立った心が我に返ることは無かった。

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