僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

ため息

 次の日曜日、僕は自身が勤める高校の美術室に居た。
 家で自分で作ったキャベツと豚肉入りの焼きそばを二袋食べた為か、少し胃もたれをした胸を撫でながら、キャンバスに赤い絵の具が付いた筆を降ろしている。

 もうすぐ僕が所属している油絵の会の展覧会なのだ。
 『関東美術の会』という会で、大学の恩師から誘われて所属したその会は、半年に一度のペースで美術館のちょっとしたフリースペースや、市民会館などで展覧会を開く。
 会員は、各自それまでに作品を仕上げる。

 僕は高校に勤めて美術部の顧問をしているので、放課後の部活動の時間に作品を仕上げている。
 といっても、美術部は5人の部員全員が兼部で、土日の部活動はあって無いようなものだ。僕はその静かな時間にコツコツと作品を進める。

 油絵は、水彩画のようにすぐには乾かない。
 乾くのに時間がかかる。待つのは絵の具の厚さにもよるが、大体1週間前後だろうか。
 なので、待っている時間も惜しいので、同時進行で複数枚の絵を描いたり、時にはラフ画なんかも描く。たまにひょっこりと顔を出す兼部の生徒達の指導にあたる時なんかもあれば、受け持つ生徒たちの成績を付けたりする。

 僕は職員室の雑多な雰囲気が苦手なので、美術室の奥にドアを隔てて繋がっているもう一つの部屋、美術準備室、僕の部屋で昼食を食べたり受け持つ授業の準備を行う。
 この校舎には美術教師は僕しかいないので、1人で自由に使っている。

 生徒や他の教師、保護者の方々とは明るく笑顔なんかも交えて普通に話すが、僕は根がいわゆる陰キャというやつなので、基本は1人でいたいのだ。
 疲れている時は、美術準備室に着いた瞬間に仮面が剥がれ落ち、どっと疲れが襲ってくる。
 人は多少なりとも社会では仮面を持っていると思う。



 キャンバスに先ほど塗った赤い絵の具の横に白い絵の具を塗ると、赤い絵の具と白い絵の具の境界線が交って、薄桃色になった。
 綺麗な色だと思う。
 焼けつくような強い日差しの真夏の中でも、映子さんの透き通るように白い肌の頬だけが薄桃色に蒸気していたことを思い出す。
 彼女は日焼け止め対策とか、しっかりしてそうだな。

 ふと時計を見ようと顔を上げると、美術室の端に位置する大きな鏡の中の自分と目が合った。

 ラウンドの眼鏡に、長めの黒い髪の毛はパーマでウエーブしていた。
 映子さんのように、色白、と表現できるような綺麗な感じではなく、どこか具合が悪いの? と、初対面の人によく聞かれる通常運転で青白い顔。
 白いTシャツから出る腕は筋肉とはほど遠く、ひょろっとしていて逞しさは皆無だ。
 僕は背が高いので、ひょろっとした印象が益々強調される。
 鏡の中の自分に、ため息をつく。

 こんなんで、よく映子さんを食事に誘えたものだ。
 自虐的な意味で、我ながら天晴れだと思った。

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