辺境伯に嫁いだけど、自宅裸族なのを隠したい

参(まいり)

60話 誘拐犯の正体

「くそっ」

 ヴォイソスにも同じように大きななにかが上から下へ振り下ろされ横に飛んで逃げるしかなかった。

「メーラ!」

 レイオンがこちらに来ようとするのを予測していたのかフードの男たちがレイオンを足止めする。
 再び轟音が響いた。

「え、熊?!」

 大柄な熊が三頭現れた。私達の背後に二頭、フードの集団を超えた先の騎士たちの目の前に一頭現れ、容赦なくヴォイソスや向こう側の騎士たちを襲う。外壁を登ってきたのか、もしくは室内に潜んでいたのか。どちらにしろ目の前の熊は混乱しているように見えた。
 レイオンが炎を出してヴォイソスの援護をするも、その炎を怯みもせず突破して熊はヴォイソスを追った。

「火を恐がらない?」

 それは以前見た光景だ。
 フォーと一緒にいた時に現れた親子の熊は焚火をもろともせずに襲ってきた。今襲っている熊の側に子熊はいないし同一の熊ではないだろうけど、あの時の子の姿と被る。
 そして急に襲撃してきた熊を利用したフードの集団の動き方にも違和感がある。どう動くか把握した上での身のこなし方のように見えた。

「奥様!」

 熊の突進に避けるしかなかったヴォイソスとだいぶ離れてしまった。ヴォイフィアは目が覚めたのか震えながら顔を上げる。
 彼女の安否を確認してほっとするも、私へ近づくルートが一瞬出来てしまった。あのフードの男がゆっくりと私に近づいてくる。

「……貴方、熊を利用しました?」
「おー察しがいいな。人よりも動物の方が戦いづらいだろ?」

 本当は魔物がよかったと男は笑う。けど魔物は人を襲わない。最後の聖女様……エピシミア辺境伯夫人が魔物を統制してからは人を襲うことはないし、加えてレイオンは領地に魔物除けをしていると言っていた。
 魔物は選べない。だから動物の中でも強さのある熊を選んだ。対人で訓練を受けてきた騎士たちは動物と戦うことを想定していない。フードの集団だけならすぐに制圧できるところを時間がかかっているのはここだ。苦手を的確に狙ってくる。レイオンも戦いづらそうなところを見るに弱いところをよく分かっているようだった。

「火なんざ慣らせばいいだけだしな」
「子熊は」
「?」
「前見たあの子には子供がいた……どこへやったの?」

 私の言葉に嬉しそうに顔を歪める。フードの中から口元がよく見えた。
 さらに男と私の距離が詰まる。

「使えなくなった分、補充しねえとだろ?」
「え?」
「あんたの言ってる熊だと、親熊死んだから補充で子供使ったやつだな」

 含みのある言い方をしてるあたり、親熊の死にこの男が関わっている。火に慣れさせたと言っていたし、爆発で暴れまわる様子から虐待まがいのことはしているのだろう。想像して吐き気がした。

「ひどい」
「褒め言葉だな」

 わざと煽っているようだった。

「あの泉で熊に会ったのは偶然じゃなかったんですね」
「おー、うまいこといけば攫えたんだが」

 番犬が優秀でよかったなとまたしても煽る皮肉を受けた。フォーは私を守ろうとして傷ついたのに。親熊だって罪はない。

「メーラ!」

 私に男が近づくのを見てレイオンが氷を男との間に放つも、フードの男はそれを避けて私の元へ辿り着いてしまう。
 フードの集団と熊を凍らせ、時には燃やしながら、レイオンがこちらに駆けてくる。
 男が私の手を無理矢理取ってくる方が早かった。

「ようやく手に入ったか」
「……なんで」
「あ? 震えてねえな?」

 興ざめとばかりに肩を落とした。
 この男に対して恐怖は消えていない。でもそれ以上に許せない気持ちが勝って震えるどころじゃなかった。

「なんでこんなことをするんです?」
「メーラ!」

 レイオンが飛びこんでくる。
 一瞬私を捕らえる力が緩んだ。全力で男の胸を押し、少しだけ隙間ができ、そこにレイオンが割り込む。

「やっぱり」

 男は、レイオンと同じでよく鍛えてある身体を持ち、少し人と違う語調だった。身の丈、姿勢……間近で見て、何度か相対して確信に至る。

「メーラ」
「レイオン」

 レイオンの腕が私の腰に周り引き寄せられる。安心して緩みそうになった気持ちを引き締めた。まだこの男にきかないといけない。納得ができないもの。

「なんでこんなことをするんですか?」

 フードの男に問うと、まだ余裕を見せながら距離をとろうとする。レイオンが逃すはずもなかった。

「する必要がありますか?」

 レイオンの剣が振り降ろされ、男のフードを切り裂いた。やっと素顔を見ることができる。

「アパゴギさん」

 目の前の男は顔を歪めて笑った。

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