辺境伯に嫁いだけど、自宅裸族なのを隠したい

参(まいり)

55話 人攫い、取り逃がす

 会場側からバタバタけたたましい音が回廊に響いた。
 王城の警備騎士だ。察知したフードの男は手早く指示を出して次から次へと庭の闇に消えていく。

「あの子」

 何人かが年若い令嬢を抱えていて、その内で連れていかれようとしていたのは、さっきレイオンと話をしていた聖女候補だった。気を失っているのか、ぴくりとも動かない。
 彼女はこの近くにいた。そして彼らの目的が聖女候補なら間違いなくあの子もさらわれる対象だろう。

「待って、その子は」

 身体が前に乗り出した私をレイオンが止めた。腰に腕を回して自身に引き寄せる。
 フードの集団は完全に庭の闇に消え、気配も断たれた。

「メーラ、駄目だ」

 追いかけるつもりはなかったけど、彼にはそう見えたらしい。視線を上げると苦しそうに歪む瞳とかち合う。

「レイオン」

 頬にも傷をつけ、そこから血が流れていた。それに触れて治癒すると、彼は私の手をとってぎゅっと力をいれた。怪我はと囁かれ、ないことを伝えるとやっと肩を落として息つく。

「怪我したのはレイオンでしょ」
「この程度は怪我には入らない」

 それでも気になったから、その場で治した。手の甲の傷を治してる時、以前手の甲を怪我していたことを思い出した。

「レイオン、私がプレゼントしたハンカチ持ってる?」
「ああ持っている」

 毎日肌身離さず、とプラスされた言葉は恥ずかしいのでスルーだ。洗ってくれてる上で言ってる? 使わずに持ってるだけ? いや今はそこじゃないかな。

「かして」
「?」

 治っているのにする必要はないけど気持ちの問題だ。ハンカチを刺繍が見えるように折ってその手に巻き、少しばかり強めに結んだ。

「安全祈願だからね」
「……」

 ちらりと様子を見れば無表情の中、嬉しそうにしていた。こういうとこは可愛いなと思う。言われたくないらしいから口にはしないけど。

「守ってくれてありがとう」
「メーラ?」
「嬉しかったよ」

 斬られた服はどうしようもないけど傷は全部治した。深い傷もない。
 静かに素早く消えていったフードの集団を追いかける王城の騎士たちのバタバタした足音が少しおさまると王太子殿下がゆっくりとこちらに近づいてきた。
 
「殿下」
「ごめん、逃した」
「そんな、攫われた方々は」
「追っている」

 フードの男たちは易々と王城に入り、あっさり逃走している。そんなことは優秀な騎士が揃う王城では考えられない。
 二度も同じことをされるわけにはいかないと、ここ最近の未遂事件と失踪事件を踏まえての厳戒態勢だったのに、どうしてこんなことになるの。

「それでも失踪の原因はあのフードの集団による誘拐と分かっただけ良かったと言うべきかな」

 憎々しげに殿下から言葉が漏れる。
 捕らえる為の理由はできたし、ただの失踪でないことも証明できた。
 けどそれは殿下にとって皮肉にしかならない。厳戒態勢をとっていた警備を突破され被害者までいる状況なのだから王族として面目丸潰れだ。

「レイオン」
「はい、殿下」

 静かに応えるレイオンの声音がいつになく低かった。無表情の中に見えるはずの感情が見えない。けどピリピリしたものを感じるから怒っているのは確かだ。

「謝っても許されない事をした」
「……」

 なんの話だろうと殿下に視線を送ると、気づいた殿下が顔色をもう一段悪くして私に謝った。

「奴らが現れると分かっていて令嬢達には周知をしなかった」
「え?」

 フードの集団の一部が王都で目撃された。それが五日前、ギリギリ中止にしても間に合う日取りだった。
 そこを王陛下、王太子殿下は開催を決行することで一挙に捕えることを考え、それを優先する。結果は聖女候補が攫われ、一人も捕えられず取り逃がすという失態に終わった。
 レイオンが王陛下に呼ばれたのも、その後王太子殿下にきつくあたっていたのも、全部このことだったという。

「レイオン、ここまできて厚かましい事は重々理解している……協力を願いたい」
「……はい」

 今度はなににかは教えてもらえなかった。
 辺境伯領を守るレイオンに王城の警備やこの誘拐となにが関係していると言うのだろう。まさか国境の部隊を全て投入してでも捕まえようとしている? でもしっくりこなかった。何かを含ませている気がする。

「戻れるか?」
「うん」

 レイオンが心配そうに屈んで私の顔を覗き込む。
 震えはすっかりないし、変な心臓の音もしない。なにより全く見えないのにひりつく空気を纏っていたレイオンが、私の知る心配性な姿で現れて少し安心してしまった。

「……よかった」
「メーラ?」
「ううん、いこ」

 首を傾げるレイオンはついさっき私に壁ドンしてきたレイオンと同じだった。
 私と彼と殿下は現場を騎士に任せて会場に戻り、そこでまた人の悪意に触れることになる。

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