辺境伯に嫁いだけど、自宅裸族なのを隠したい

参(まいり)

41話 震えがなくなるまで

「メー、ラ」
「離さないで!」

 首に腕を回してぎゅっとする。自分から抱き着くなんて恥ずかしいけど、今はそんなこと考えている場合じゃなかった。
 私が抱き着いても彼は触れてくれない。あまつさえ離れようとしてる気配さえ見えた。

「待て、」
「レイオンは大丈夫だから!」
「メーラ」
「大丈夫だから、だから……」

 腕の力を強める。

「だから、触って」

 離さないでと掠れる声を絞り出すと彼の喉が唸って、やっと腕が私の身体を強く抱いた。
 今までで一番強い力だった。

「メーラ」
「行かないで」
「側にいる」

 見えないけど、彼が泣いてる気がした。

「このまま、がいい」
「ああ、離さないから」

 これが正解のはずだ。ここまで親しみを感じているのに、腫れ物に触るように扱われるのも嫌だし、一切接触がなくなるなんて想像できない。というよりも、してほしくないと思ってしまった。

「怪我は」
「……ない」
「分かった」

 抱えあげられ屋敷に戻る。
 なにか言いたそうにしているゾーイたちを下がらせて、抱えられたまま夫婦の寝室に入った。
 寝室のソファに一際静かにおろされる。
 彼の首に回していた腕をほどいて目を合わせると、やっぱり泣きそうな顔をしていた。
 そのまま隣に座る。ゾーイが用意してくれていたのだろうか、テーブルのお茶を彼手ずから渡された。口にするだけでほっと肩がおりる。

「また……」

 カップをテーブルに戻すと自分の手が震えているのが目に見えて分かった。

「警備を改めたのに、通り抜けられた」

 朧気な記憶の中にあるのは義姉とレイオンの会話だ。聖女候補の誘拐未遂があると言っていた。
 義姉の言葉を受けて屋敷回りの安全を考え直してくれたのか。それがどれだけ厳重か分からないけど、今まで快適に歩き回れたことを見れば、レイオンがしっかりやっていることは証明されている。

「謝らないでね」
「しかし」

 レイオンが次になにを言うか分かりきってる。だから先に制した。彼は私を助けてくれたから感謝を受けるならまだしも謝る必要はない。

「助けてくれてありがとう」
「メーラ」

 まだなにか言いたそうなレイオンを制した。ぐっと一瞬息を止め、言葉を飲み込む。

「ねえ手、出して」
「?」

 差し出された大きな掌に自分の手を重ねた。僅かにレイオンの手が震えたけど私の手も震えているから似たようなものね。

「握ってて」
「メーラ」
「震えがなくなるまで」
「……」
「お願い」

 きゅっと力が入って握られる。血の気の引いた掌に彼のあたたかい体温がよく馴染んでいく。
 手を繋いだまま膝におろして、身体を傾けて彼の肩に顔を寄せる。今度はなにも言われなかった。

「大丈夫だと思ってたのに」
 
 長い静寂の後に囁いた私の言葉は思いの外部屋に響いた。
 少しして、君が小さい頃とレイオンがゆっくり話し始める。

「講師が男性だと肩に力が入っていた」
「レイオン?」
「年齢を重ねた後も、社交界で近くを通る者が男性だと距離をとろうとしていた」
「それ、」
「王陛下や王太子殿下を前にしても同じだった。ただの緊張ではなく怯えが見えた」
「そんな、こと」

 言われると思い当たる節はあった。
 最初の人攫い未遂の幼少期は顕著だったのは覚えている。けど王陛下や王太子殿下が絡む最低限の社交界のことは自覚がない。社交界に出られる年齢の頃には治っていたと思っていた。裸族優先で外に出てなかったけど、周囲が勘違いしていたことは事実だったのだろうか。

「君は完治したと思っていたのかもしれないが、実際そうではなかった」
「なんで、知って?」
「……ペズギア様から伺っていた」
「御祖母様が?」
「御家族は皆御存知だ」

 祖母も父も兄も知っていた。
 知らないというか、自覚がなかったのは私だけ。
 なら今まで結婚を強要しなかったのは私のトラウマを考えて?
 レイオンが律儀に私の掲げる条件を飲んでいたのも?

「……知らなかった」
「気づかないままが良いと考えていた」

 だから結婚してもなにも言わず、私が快く生活できるよう配慮してくれていた。どこまでも守られている。

「レイオンはいつも助けてくれるね」
「そうだろうか」
「結婚してから、ずっと私の好きにしてくれてるし」

 それは彼にとって当然の約束事だった。けどここまで見返りなくしてくれるのは、もっと違う理由があるんじゃないかと思ってしまう。
 身体を寄せたまま、顔だけ彼の横顔を盗み見る。相変わらずの無表情でテーブルの上を見つめていた。

「なんでここまでしてくれるの?」

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