辺境伯に嫁いだけど、自宅裸族なのを隠したい

参(まいり)

35話 貴方の事すごく好きみたい

「この子がセラピア」
「ふおおお」

 生まれていくらかは経っているけど、まごう事なき赤ちゃんだった。可愛さににやにやしてしまう。いけない、ここはレイオンの義姉の家なのだから、もっとしっかりしないと。あ、だめ無理だわ可愛い。

「レイオンとはどう?」

 うまくいってるかとの問いに、一緒にご飯食べて一緒に寝てるぐらいのことは報告した。すると義姉は驚いて目を丸くしている。彼が妻を迎えたからとはいえ、食事と睡眠を優先して屋敷に戻ることが不思議だったらしい。

「私とあの子、結構年離れてるの。あの子が領主になってすぐに嫁いでしまったし、バトレルから屋敷に帰らないって聞いてたのよ」

 兼ねてから婚約していた伯爵と結ばれ辺境伯領を去ったのは、実の御両親が亡くなって二年後だった。義姉が辺境伯邸にいた僅かな期間も、レイオンは領主となるべく貴族院以外の時間を領地回りにあてていた為、義姉と交流がなくなってしまったらしい。食事も一人、当然寝る時は互いに別の部屋だけど寝ていないことは家令から聞いていた。
 それは義姉が嫁いでも、レイオンが貴族院を卒業しても改善されず、ここまできてしまったと。

「最初はあまり話さなかったんですけど、今は時間をとってくれます。二人で出掛けもしましたし」
「よかった」

 唯一の姉弟として、気にかけていたようだった。よかった、レイオンは独りというわけではないのね。それだけで安心する。

「それに、これなら世継ぎも大丈夫そうね~」
「ぶふっ」

 飲みかけたお茶を吹いてしまった。恥ずかしい。

「私も旦那様とは中々できなくて、正直無理かなあとは思ってたけど、今はこれでしょ?」

 今すぐできなくても大丈夫よとからから笑う。

「それにあの子、貴方の事すごく好きみたいだし」
「え?」

 裸族仲間ではあるけど、そこに恋愛感情はあるのだろうか。無表情の中に僅かに変化があるようには見えるけど、それは私が彼の表情の機微に慣れただけのような気もする。

「あの子、無表情で分かりにくいけど」
「それは本当に」

 分かる。本当見えてこないし、今だって少しの反応でかろうじて分かるかどうかというところだ。

「でも優しい子なのよ」
「そう、ですね」

 時間をかけ彼の無表情を経験して、今になってやっともしかしてと思えるようになった。その中で、彼がとても優しくて気を遣ってくれているのは充分に感じられる。

「ねえ、愛してるぐらいは言われてる?」
「ぐぐ」

 あらあらあらと言い出す義姉に嘘でも円満です愛囁かれてますと言えなかった。仲が悪いわけではないんだけど、それこそ祖母の言う愛し愛される関係には至っていない。

「言ってないのね。まったくもう」

 ちょっと説教だわ、と稽古をするレイオンを見て溜息をつく。

「いえ、説教は……」
「だめよ。言葉は大事!」
「あー、えっと」

 愛は囁かれないけど、どうにか夫婦らしい話題を出せば納得してもらえるだろうか。考えてみて、ふと確かめたくなった。

「あの、旦那様はキス魔だったりします?」
「どういうこと?」

 愛の言葉はないけどキスはされたこと、寝惚けてキスする彼の話をかいつまんで曖昧にして話すと、なぜか義姉は鼻筋に皺寄せて嫌そうな顔をした。
 あっれ、夫婦円満であるって話に持っていこうとしたんだけど、逆効果だったの?

「最悪っ。あの子、表情で出さないんだったら、せめて言葉にしてもらわないとだめよ。キスしてんだから伝わるだろうなんて考えだったら引っ叩くわ」
「ええと」
「寝台を共にしてキスだってするのに愛を囁かないなんて馬鹿の極みでしょ?!」
「ええと」
「おかあさま!」

 三男のパンタシアが息を切らせて走ってきた。
 すぐに侍女が水を渡し、ぐいぐい飲んでいく。その間にレイオンたちもこちらに戻ってきた。

「休憩?」
「はい。暑いのでこまめに休んだ方が良いでしょう」
「おかあさま、れー兄のおくさんとお花みてきていいですか?」
「あら」
「私は構いません」

 姉弟で話すことあるだろうし、レイオンはここにと伝えて立ち上がる。
 では僕たちもと上の二人の兄弟も名乗りを上げた。

「うちの庭はすごいです!」
「うん、楽しみだわ」

 そしてさり気なく手を繋いでくる。片方が一番下の子なのは気質的に分かるけど、もう片方に真ん中の子が繋いでくるのは驚いた。いやさっきの口説きもあるから、こういうのに慣れているのかも。

「弟達のエスコートは足りないかもしれませんが」

 と苦笑する一番上の子に癒される。この子もう社交界完璧じゃないの。自分の過去を思い返しても貴族院入ってすぐの頃はこんなにしっかりしてなかった。

「メーラ、傘を」
「大丈夫、このまま行くわ」

 レイオンは下の子二人をじっと見つつ傘を諦めた。
 少し不機嫌な気もするけど、両手が塞がってたら傘させないから許してほしい。

「……気を付けて」
「うん」

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