辺境伯に嫁いだけど、自宅裸族なのを隠したい
22話 国境武力視察
山の頂上に近いところにあるからか、当然馬車は通らない。ので、できる限り馬に乗って向かう形になった。
「大きい」
国境線であるイディッソスコ山の頂上に沿うように配置された城壁は、現在では西の隣国シコフォーナクセーと南の隣国パノキカト、三国で管轄している。この城壁に騎士が常駐していることはない。
その少し下った山の斜面に造られている仰々しい箱がいくつも重なってできたような建物がレイオンの管轄している国境武力だ。要塞と呼ぶに相応しい頑丈そうな造りだった。
「領主様、奥様」
「ああ」
山沿いに面しているから要塞は南北に伸びている。
常駐する騎士たちを毎日見回って管理しているなんて大変だろうに。屋敷の人数なんて比ではない。
「メーラ、こちらへ」
「はい」
要塞の中は思っていたよりも綺麗に整っていて、騎士達もレイオンが心配するほど不躾な人間はいなかった。
むしろとても丁寧だし、身なりも綺麗で清廉としている。失礼だけど小汚い傭兵の集まりを想像していた。そんな私の想像を微塵も感じさせない凛々しい騎士達ばかりだ。
そして次から次へと笑顔で歓待された。
「では、こちらに」
「ありがとうございます」
国境武力の分隊を統括するパーフォスは年上でレイオンとはまた違った落ち着きのある男性だった。この中については主にパーフォスが連れ立って説明してくれる。二人で仕事の話をする様を見ると、緊張感があって知らない世界を見ているようだった。
それでもレイオンの表情は私といる時と変わらない。ここの人達は彼が無表情でも僅かな違いが分かるのだろうか。
「お、坊っちゃん来たか」
「坊っちゃん?」
いくらか中を見回り最後の方、随分親しげな集団と出くわした。目の前の男性は父と同じぐらいの年齢で、要塞にいそうないかにも野暮ったい男性だった。
「おお、すまん奥様。俺にとっちゃ領主様は自分の子供みたいでな」
「彼はアパゴギ。私が十、いや九歳の頃からいるので、この呼び方が抜けない」
「そうですか」
「分隊統括長のパーフォスは第一分隊の隊長も兼ねているが、アパゴギはその第一分隊の副隊長だ」
「実力ある方なのですね」
「はは、名ばかりですわ」
頭の後ろをばりばり搔きながら豪快に笑う。
「にしてもべっぴんさんになったなあ」
「……どこかでお会いしましたか?」
すると目を丸くしつつも、口角を上げた。
「奥様は自分のことに無頓着だな? 聖女に一番近いってんで奥様が小さい頃から有名だったんですぜ?」
「そう、でしたか」
俺も新聞で見たと周囲からいくらか声がこぼれる。聖女計画をよく知る世代なら、どういう人間が聖女候補筆頭か分かるのだろう。
聖女は外交も社交もこなすという名目で、幼少期に何度か表立ったことはあった。当時は国境線まで情報を出すほど国として本気で聖女計画を進めていたというわけか。
「よせ」
レイオンがすぐに間に入る。そこまで気にしてないのだけど。
「なんだよ、美人だっつってんだぜ?」
「今彼女は聖女ではなく、私の妻だ」
「お、おう」
「見目や内面の美しさを褒めるならまだしも、終わった事を持ち出すものではない」
「へー、ほー」
「何かおかしい事を言ったか?」
「はは、坊っちゃん入れ込んでるなあと思ってよ」
周囲もにやにやして楽しそう。なのにレイオンだけは相変わらず無表情でなにも気にしてなさそうだ。
「アパゴギさん」
「別にさんはいりませんぜ、奥様」
「貴方アガピトスの方ですか? もしくは北部の生まれか」
途端目を細めた。その瞳に鋭い光が入る。
「何故だか聞いても?」
「僅かに北の隣国アガピトスの訛りがみられます。我が国では北部で残っているだけなので、そちらの方か悩んだんですけど」
「へえ、すげえな」
話し方は我が国エクセロスレヴォのもので間違いないのに、語尾に僅かな訛りがあった。北部生まれの北部育ちであることは正解で、隠していたとアパゴギは笑った。
「気付かれたのは坊っちゃん以来だ」
「なぜ隠していたんですか?」
「あーまー北とはそんなに友好じゃなかったろ? 昔は差別がひどくてな」
西と南の隣国とは協定を結ぶほど友好関係を築けているが、北部に関してはまだまだ改善の余地がある。というのも北の隣国アガピトスは内紛が多く、エクセロスレヴォと積極的な外交がなかった。
現在シコフォーナクセーの王女殿下とエクセロスレヴォの第一王太子殿下が結婚したのをきっかけに外交に力を入れ始め、少しずつ各国との友好的な関わりが生まれてきている。
アパゴギが北部で生活していた時代はアガピトスとうまくいってなかったから、訛りのせいでエクセロスレヴォの国民として迎え入れてもらえてなかったのかもしれない。
「閣下、次へ」
「ああ」
パーフォスが促し、アパゴギたちとはここで話が終わる。
「坊ちゃん、後で酒飲もうぜ」
「アパゴギ、わきまえろ」
「パーフォス、構わない」
いつものやりとりなのだろうか、パーフォスが肩を少し上下してわざと溜息を吐いた。
「閣下はここの者達に甘すぎます」
「家族みたいなものだ。許してやってくれ」
そういえばレイオンのご両親は彼が貴族院に上がる前、十一歳になる前に亡くなっている。アパゴキは父親代わり、パーフォスは兄代わりといった感じだろうか。
「疲れていないか」
「大丈夫。皆さんとてもよくしてくださるし、初めて見る物ばかり楽しい」
普段裸で引きこもって過ごしているから、外の世界は新鮮そのもの。
彼が手を差し出す。
その手に自身の手をと思った時、異変に気付いた。
「え?」
「どうかしたか」
「いいえ……その……」
指先が震えていた。
なんで。
「大きい」
国境線であるイディッソスコ山の頂上に沿うように配置された城壁は、現在では西の隣国シコフォーナクセーと南の隣国パノキカト、三国で管轄している。この城壁に騎士が常駐していることはない。
その少し下った山の斜面に造られている仰々しい箱がいくつも重なってできたような建物がレイオンの管轄している国境武力だ。要塞と呼ぶに相応しい頑丈そうな造りだった。
「領主様、奥様」
「ああ」
山沿いに面しているから要塞は南北に伸びている。
常駐する騎士たちを毎日見回って管理しているなんて大変だろうに。屋敷の人数なんて比ではない。
「メーラ、こちらへ」
「はい」
要塞の中は思っていたよりも綺麗に整っていて、騎士達もレイオンが心配するほど不躾な人間はいなかった。
むしろとても丁寧だし、身なりも綺麗で清廉としている。失礼だけど小汚い傭兵の集まりを想像していた。そんな私の想像を微塵も感じさせない凛々しい騎士達ばかりだ。
そして次から次へと笑顔で歓待された。
「では、こちらに」
「ありがとうございます」
国境武力の分隊を統括するパーフォスは年上でレイオンとはまた違った落ち着きのある男性だった。この中については主にパーフォスが連れ立って説明してくれる。二人で仕事の話をする様を見ると、緊張感があって知らない世界を見ているようだった。
それでもレイオンの表情は私といる時と変わらない。ここの人達は彼が無表情でも僅かな違いが分かるのだろうか。
「お、坊っちゃん来たか」
「坊っちゃん?」
いくらか中を見回り最後の方、随分親しげな集団と出くわした。目の前の男性は父と同じぐらいの年齢で、要塞にいそうないかにも野暮ったい男性だった。
「おお、すまん奥様。俺にとっちゃ領主様は自分の子供みたいでな」
「彼はアパゴギ。私が十、いや九歳の頃からいるので、この呼び方が抜けない」
「そうですか」
「分隊統括長のパーフォスは第一分隊の隊長も兼ねているが、アパゴギはその第一分隊の副隊長だ」
「実力ある方なのですね」
「はは、名ばかりですわ」
頭の後ろをばりばり搔きながら豪快に笑う。
「にしてもべっぴんさんになったなあ」
「……どこかでお会いしましたか?」
すると目を丸くしつつも、口角を上げた。
「奥様は自分のことに無頓着だな? 聖女に一番近いってんで奥様が小さい頃から有名だったんですぜ?」
「そう、でしたか」
俺も新聞で見たと周囲からいくらか声がこぼれる。聖女計画をよく知る世代なら、どういう人間が聖女候補筆頭か分かるのだろう。
聖女は外交も社交もこなすという名目で、幼少期に何度か表立ったことはあった。当時は国境線まで情報を出すほど国として本気で聖女計画を進めていたというわけか。
「よせ」
レイオンがすぐに間に入る。そこまで気にしてないのだけど。
「なんだよ、美人だっつってんだぜ?」
「今彼女は聖女ではなく、私の妻だ」
「お、おう」
「見目や内面の美しさを褒めるならまだしも、終わった事を持ち出すものではない」
「へー、ほー」
「何かおかしい事を言ったか?」
「はは、坊っちゃん入れ込んでるなあと思ってよ」
周囲もにやにやして楽しそう。なのにレイオンだけは相変わらず無表情でなにも気にしてなさそうだ。
「アパゴギさん」
「別にさんはいりませんぜ、奥様」
「貴方アガピトスの方ですか? もしくは北部の生まれか」
途端目を細めた。その瞳に鋭い光が入る。
「何故だか聞いても?」
「僅かに北の隣国アガピトスの訛りがみられます。我が国では北部で残っているだけなので、そちらの方か悩んだんですけど」
「へえ、すげえな」
話し方は我が国エクセロスレヴォのもので間違いないのに、語尾に僅かな訛りがあった。北部生まれの北部育ちであることは正解で、隠していたとアパゴギは笑った。
「気付かれたのは坊っちゃん以来だ」
「なぜ隠していたんですか?」
「あーまー北とはそんなに友好じゃなかったろ? 昔は差別がひどくてな」
西と南の隣国とは協定を結ぶほど友好関係を築けているが、北部に関してはまだまだ改善の余地がある。というのも北の隣国アガピトスは内紛が多く、エクセロスレヴォと積極的な外交がなかった。
現在シコフォーナクセーの王女殿下とエクセロスレヴォの第一王太子殿下が結婚したのをきっかけに外交に力を入れ始め、少しずつ各国との友好的な関わりが生まれてきている。
アパゴギが北部で生活していた時代はアガピトスとうまくいってなかったから、訛りのせいでエクセロスレヴォの国民として迎え入れてもらえてなかったのかもしれない。
「閣下、次へ」
「ああ」
パーフォスが促し、アパゴギたちとはここで話が終わる。
「坊ちゃん、後で酒飲もうぜ」
「アパゴギ、わきまえろ」
「パーフォス、構わない」
いつものやりとりなのだろうか、パーフォスが肩を少し上下してわざと溜息を吐いた。
「閣下はここの者達に甘すぎます」
「家族みたいなものだ。許してやってくれ」
そういえばレイオンのご両親は彼が貴族院に上がる前、十一歳になる前に亡くなっている。アパゴキは父親代わり、パーフォスは兄代わりといった感じだろうか。
「疲れていないか」
「大丈夫。皆さんとてもよくしてくださるし、初めて見る物ばかり楽しい」
普段裸で引きこもって過ごしているから、外の世界は新鮮そのもの。
彼が手を差し出す。
その手に自身の手をと思った時、異変に気付いた。
「え?」
「どうかしたか」
「いいえ……その……」
指先が震えていた。
なんで。
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