辺境伯に嫁いだけど、自宅裸族なのを隠したい

参(まいり)

12話 妻を迎えに行く(前半レイオン視点)

 屋敷にとんぼ返りすると、メーラ付きの侍女ゾーイとバトレルが難しい顔をして向かい合っていた。
 私の帰りに気づき、私の名を呼ぶ。

「奥様が」

 口ごもるゾーイが小さな紙を渡してきた。
 そこには、昼には戻るとメーラの文字で書いてある。

「外に出たのか?」
「外套がないので恐らく……ただお戻りにならなくて」

 いつも決まった時間に戻るかわりに一人になることを望んだメーラがゾーイとの約束を守らず戻らない。昼を過ぎて一時間、今までそんなに遅れる事はなかったはずだ。いつもフォティアとして見送りをしていたのだから間違いない。

「昼を過ぎると一気に夜が近くなります。早くにお戻り頂かないと危険です」
「そうだな」
「彼女はいつから?」
「正確な時間は分かりかねますが、私が確認に伺ったのが昼の一時間前です。その時にはすでに」

 少なくとも二時間は外に出ている。その前から考えるなら三時間以上だ。
 窓の外を見やる。雪が降る外にずっと?

「屋敷の中もくまなく捜しましたがいらっしゃいません」
「私が行く」
「旦那様?」
「畏まりました」

 バトレルはすぐに理解したが、事情を知らないゾーイは戸惑いを見せる。
 バトレルが彼女に耳打ちをし、蒼白な顔のまま宜しくお願い致しますと囁いた。

「バトレル。暖炉に火を、温かいスープも用意するよう……医師も今から可能であれば」
「承知致しました」

 屋敷の扉を開け外に出た。
 メーラが後を追ってシニフィエス家に向かうとも思えない。この近場で向かうなら一つだけだ。
 フォティアの姿になり駆ける。この寒さの中にいるなら、これ以上時間をかけるわけにはいかない。

「メーラ」

 秘密の場所だと溢した草木の合間に彼女の外套の端が見えた。
 雪の重みで木々が垂れ、より彼女を包み隠した場所を人の姿に戻って手をかけ掻き分けようとして止まる。
 この場所はフォティアと彼女だけの場所だ。それに未だ挨拶程度しかしない私が来たところで彼女が喜ぶとは思えなかった。

「……」

 開けようとした手を引いて、フォティアとして会う事を選んだ。


* * *


 草木が擦れる音と周囲が動いた気配がした後、髪を掻き分けて額に湿った感触が当たった。それで誰が来たか分かる。
 立てた膝に埋めていた顔を起こすと目の下を湿った何かが寄せられ、ぺろりと涙の後を舐めた。

「フォー……来てくれたの?」

 何も言わず側に座るフォーを抱き締める。
 すんと鼻を鳴らした。

「御祖母様が倒れたの」

 母が亡くなってから女主人としても、兄と私の母親としても尽くしてくれた。身体は丈夫な方だと言っていたし、健康に気を遣っていた祖母のことだから心配ないとずっと思っていた。
 けど祖母は私が考えるよりもずっと年をとっていて、限界だったのかもしれない。永遠に私の母代わりが務まるはずがないことは分かっていた。

「大丈夫、だよね……」

 会いたいけど会えない。
 恐らく父も兄もこの事態なら家に入れてくれるとは思う。レイオンもそう言っていた。でも祖母が一度発言したことを撤回するとは思えない。行かない選択は正しいはず。
 なのに気持ちだけは制御できない。

「早く帰ってこないかな」

 レイオンが帰れば祖母の様子が分かる。そんなすぐに帰ってくるわけがないし、行かないと決めたのは自分なのだから、彼頼みというのもどうかという話だ。

「フォーはあったかいね」

 あたたかさに急に眠気が襲ってきた。厚着したとはいえ、長く外にいすぎたのかもしれない。自分の身体がとても冷え、重くてだるいのが分かる。

「ごめん。少し、寝るね」

 抗えず瞼がおりてくる。
 そのまま意識を手放した。

「奥様!」

 妙な浮遊感だった。
 私を呼ぶ声がやけに遠くに聞こえる。今のはゾーイかな?
 そういえば時間を見ないまま外にいすぎたかもしれない。昼には帰ると言ったのに。

「メーラ」

 浮いてる感覚があるのに横になって寝ている気がした。フォーがまだ側にいるのかあたたかい。
 擦り寄ると鼻を鳴らすのが聞こえた。

「おいで」

 懐かしい。
 小さい頃に助けてくれた彼がかけてくれた言葉だ。
 私が周囲を気にせず泣けるように、自らの腕の中に私を引き入れてくれた。とても優しい人。
 成人しても忘れていない。今でも会えるなら、会ってお礼を言いたいもの。

「メーラ」

 低く心地良い声音が側を通る。少し平坦だけど、私を気遣ってくれるのが分かった。
 私を呼ぶのが誰なのか、応えたいけど目が開けられない。逆に深い眠りに連れていかれ、私は意識を手放した。

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