辺境伯に嫁いだけど、自宅裸族なのを隠したい
10話 裸で何が悪い(レイオン視点)
彼女が早朝一人で外に出て行ったので追いかけた。
姿は勿論フォティアの姿でだ。この屋敷の飼い犬だと勘違いしている彼女に自分が変身した姿だと告げずに一緒の時間を過ごしている。
どうしてもフォティアが自分だと、化け物であると言えなかった。
「おはよ」
早いねと嬉しそうに告げる彼女の隣に立つ。
人間の姿では結婚してからまともに話した事すらないが、この姿ではほぼ毎日会っている。領地内とはいえ一人で動くのは危険だから、私自ら護衛も兼ねているというわけだ。
「今度旦那様誘ってみようかな?」
ここで彼女を見つけた時に変身を解いて全て話せばよかったと後悔した。
何も言えず正体も明かせず、二人で屋敷に戻り、人の姿で顔を合わせる事もないまま、自室から外を見た。雪は止んで雲間から薄く陽が差している。
変身魔法とも異なる私の変化はフェンリルの血を継いでいるからこそ可能な事だ。
ただでさえ噂に名高い化け物であるのに、男性に苦手意識のある彼女の心を煩わせたくなかった。
けど先の言葉はもしかして私と関わりを持ちたいという事なのではと思うと、声をかけるべきか悩んだ。彼女の気持ちに応えたくて、夫婦の寝室へ向かう扉前で悩んでいた時だった。
「いったっ!」
ごとんと大きな音と彼女の痛いという言葉に、思わず許しもなしに開けてしまった。
「……え?」
目の前に飛び込んできたのは、陽の光に白く照らされた一糸纏わぬ彼女の後姿だった。
顔だけ振り向いた彼女と目が合い、急いで扉を閉める。
目に焼き付いて離れない。心臓の音がやけに五月蝿く耳につく。
ドアノブから手を離せないまま、いつになく思考を巡らせた。
「え?」
着替え中か?
今日彼女は出かける予定はないとバトレルから聞いている。となると替える必要はないし、側に替えの服はなかった。
手に持っていたのは本だ。裸で読書するのが今の貴族の流行りという情報は入っていない。
ここにきてからの彼女の生活は、寝室に籠る、ディアフォティーゾ家の歴史を学ぶ、領地内の森へ遠乗り、数える程だが領地内の町へ出る、この程度だ。最新の流行には興味がないようだったし、宝飾品を多く買う趣味もないと聞いている。
なら今のは?
何か事情があっての姿なのか?
もしかしたら何か苦痛な事があったとか?
服に何か仕掛けられていた?
心配になって再び扉を開けたら、同じ姿の彼女が大袈裟に震えあがった。
背中を向けたまま、視線だけこちらに寄越す彼女の瞳が水気を帯び、耳まで赤くして叫ぶ。
「ノックして下さい!」
再び私は扉を閉めた。
* * *
話がしたいと扉越しに伝えれば、彼女は待てと言って扉の向こう側が五月蝿くなった。
暫くそのまま、彼女の白くしなやかな後姿を懸命に振り払っていると、どうぞと中へ進むことを許可された。
「先程はすまなかった」
「いえ……」
簡易で過ごしやすい室内服に着替えた彼女はソファに私を促した。
向かい合う形で彼女も座る。茶を用意させるか問うたら、このままでいいと彼女は応えた。
「申し訳ございません!」
急に彼女はソファから飛び降り、絨毯にひれ伏した。
「もう言い訳きかないんで話します! 正直、裸で何が悪いとは思っているんですけど、常識的に裸で過ごすことないわけですし、その、ですね!」
私の制止も聞かずに彼女は語り始めた。
幼少期から一人でいる時は服を脱いで過ごしていて、そうでないと落ち着かないらしい。その生活を優先したく、結婚できないよう無理難題を提示して相手を作らないようにしてきたと。
確かに夫婦となれば寝室は同じで自身の部屋には侍女を置く。よくある結婚生活は彼女にとって裸になる時間がないから苦痛でしかなかった。
「あの、やっぱり離縁ですか?」
「え?」
「裸族な嫁なんて嫌でしょう?」
「そういうわけでは」
むしろ何かに心煩わせていないか確認すると、すごく快適ですと返された。それだけで安心する。
「何か都合の悪い事があるとか、苦痛な事があってという事ではなく?」
「全然! 裸でいられるので非常に楽です」
それよりもどうしてこの部屋に? と逆に訊かれてしまった。
今更話していいものだろうかと逡巡していると、机の上に置いてある本が目に入る。
「聖女の自伝?」
「そうです。私の推し本です」
聖女教育に苦しめられ、聖女候補だからと人攫いに遭いかけたのに、聖女の本を読むなんて私には信じられなかった。
「君は聖女候補で厳しい教育を受けていたのに?」
「ん? 聖女様は普通に好きですよ? 別に小さい頃の話とは関係ないですし」
連想して辛い記憶が思い起こされるわけでもないらしい。
旦那様と呼ばれ彼女に向き直ると、眉を八の字にして申し訳なさそうにしていた。
「さっき伺ったことなんですが」
「さっきとは?」
「私、屋敷出た方がいいです?」
「いや、このままでいい」
彼女が平穏に過ごし日々安心するには、この関係が最善だと思えた。それに彼女の思いに応えたいと思ったから、条件を破って今日この部屋に入ろうとしたわけで、離縁については彼女が望めばとしか考えていない。
「私が君の提示する条件を破った事が原因で、君の秘密を知ってしまった」
「いえ、そこは全然気にしてないんで」
先程も無理難題と言っていた。もしかして。
「条件は偽りだったのか?」
ぐぐっと彼女が言葉に詰まった。
「はい。裸族でいる為には結婚しないのが一番だと思っていたので」
フォティアとして初雪を見た時の彼女の言葉を叶えていいのだと分かった。
「良ければ」
言葉に詰まる。けど、今ここでここまで彼女と話せているなら先に進んでみたかった。
「君と話をしてみたい」
これから、少しずつ。
その言葉にきょとんとした顔をする。彼女の表情は羨ましいぐらいよく変わる。
私の言葉を受け少しして目を細めて喜んだ。
「はい、是非!」
こぼれそう落ちそうな水色の瞳が輝く。昔から変わらない瞳だった。
姿は勿論フォティアの姿でだ。この屋敷の飼い犬だと勘違いしている彼女に自分が変身した姿だと告げずに一緒の時間を過ごしている。
どうしてもフォティアが自分だと、化け物であると言えなかった。
「おはよ」
早いねと嬉しそうに告げる彼女の隣に立つ。
人間の姿では結婚してからまともに話した事すらないが、この姿ではほぼ毎日会っている。領地内とはいえ一人で動くのは危険だから、私自ら護衛も兼ねているというわけだ。
「今度旦那様誘ってみようかな?」
ここで彼女を見つけた時に変身を解いて全て話せばよかったと後悔した。
何も言えず正体も明かせず、二人で屋敷に戻り、人の姿で顔を合わせる事もないまま、自室から外を見た。雪は止んで雲間から薄く陽が差している。
変身魔法とも異なる私の変化はフェンリルの血を継いでいるからこそ可能な事だ。
ただでさえ噂に名高い化け物であるのに、男性に苦手意識のある彼女の心を煩わせたくなかった。
けど先の言葉はもしかして私と関わりを持ちたいという事なのではと思うと、声をかけるべきか悩んだ。彼女の気持ちに応えたくて、夫婦の寝室へ向かう扉前で悩んでいた時だった。
「いったっ!」
ごとんと大きな音と彼女の痛いという言葉に、思わず許しもなしに開けてしまった。
「……え?」
目の前に飛び込んできたのは、陽の光に白く照らされた一糸纏わぬ彼女の後姿だった。
顔だけ振り向いた彼女と目が合い、急いで扉を閉める。
目に焼き付いて離れない。心臓の音がやけに五月蝿く耳につく。
ドアノブから手を離せないまま、いつになく思考を巡らせた。
「え?」
着替え中か?
今日彼女は出かける予定はないとバトレルから聞いている。となると替える必要はないし、側に替えの服はなかった。
手に持っていたのは本だ。裸で読書するのが今の貴族の流行りという情報は入っていない。
ここにきてからの彼女の生活は、寝室に籠る、ディアフォティーゾ家の歴史を学ぶ、領地内の森へ遠乗り、数える程だが領地内の町へ出る、この程度だ。最新の流行には興味がないようだったし、宝飾品を多く買う趣味もないと聞いている。
なら今のは?
何か事情があっての姿なのか?
もしかしたら何か苦痛な事があったとか?
服に何か仕掛けられていた?
心配になって再び扉を開けたら、同じ姿の彼女が大袈裟に震えあがった。
背中を向けたまま、視線だけこちらに寄越す彼女の瞳が水気を帯び、耳まで赤くして叫ぶ。
「ノックして下さい!」
再び私は扉を閉めた。
* * *
話がしたいと扉越しに伝えれば、彼女は待てと言って扉の向こう側が五月蝿くなった。
暫くそのまま、彼女の白くしなやかな後姿を懸命に振り払っていると、どうぞと中へ進むことを許可された。
「先程はすまなかった」
「いえ……」
簡易で過ごしやすい室内服に着替えた彼女はソファに私を促した。
向かい合う形で彼女も座る。茶を用意させるか問うたら、このままでいいと彼女は応えた。
「申し訳ございません!」
急に彼女はソファから飛び降り、絨毯にひれ伏した。
「もう言い訳きかないんで話します! 正直、裸で何が悪いとは思っているんですけど、常識的に裸で過ごすことないわけですし、その、ですね!」
私の制止も聞かずに彼女は語り始めた。
幼少期から一人でいる時は服を脱いで過ごしていて、そうでないと落ち着かないらしい。その生活を優先したく、結婚できないよう無理難題を提示して相手を作らないようにしてきたと。
確かに夫婦となれば寝室は同じで自身の部屋には侍女を置く。よくある結婚生活は彼女にとって裸になる時間がないから苦痛でしかなかった。
「あの、やっぱり離縁ですか?」
「え?」
「裸族な嫁なんて嫌でしょう?」
「そういうわけでは」
むしろ何かに心煩わせていないか確認すると、すごく快適ですと返された。それだけで安心する。
「何か都合の悪い事があるとか、苦痛な事があってという事ではなく?」
「全然! 裸でいられるので非常に楽です」
それよりもどうしてこの部屋に? と逆に訊かれてしまった。
今更話していいものだろうかと逡巡していると、机の上に置いてある本が目に入る。
「聖女の自伝?」
「そうです。私の推し本です」
聖女教育に苦しめられ、聖女候補だからと人攫いに遭いかけたのに、聖女の本を読むなんて私には信じられなかった。
「君は聖女候補で厳しい教育を受けていたのに?」
「ん? 聖女様は普通に好きですよ? 別に小さい頃の話とは関係ないですし」
連想して辛い記憶が思い起こされるわけでもないらしい。
旦那様と呼ばれ彼女に向き直ると、眉を八の字にして申し訳なさそうにしていた。
「さっき伺ったことなんですが」
「さっきとは?」
「私、屋敷出た方がいいです?」
「いや、このままでいい」
彼女が平穏に過ごし日々安心するには、この関係が最善だと思えた。それに彼女の思いに応えたいと思ったから、条件を破って今日この部屋に入ろうとしたわけで、離縁については彼女が望めばとしか考えていない。
「私が君の提示する条件を破った事が原因で、君の秘密を知ってしまった」
「いえ、そこは全然気にしてないんで」
先程も無理難題と言っていた。もしかして。
「条件は偽りだったのか?」
ぐぐっと彼女が言葉に詰まった。
「はい。裸族でいる為には結婚しないのが一番だと思っていたので」
フォティアとして初雪を見た時の彼女の言葉を叶えていいのだと分かった。
「良ければ」
言葉に詰まる。けど、今ここでここまで彼女と話せているなら先に進んでみたかった。
「君と話をしてみたい」
これから、少しずつ。
その言葉にきょとんとした顔をする。彼女の表情は羨ましいぐらいよく変わる。
私の言葉を受け少しして目を細めて喜んだ。
「はい、是非!」
こぼれそう落ちそうな水色の瞳が輝く。昔から変わらない瞳だった。
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