オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

56 顛末①

 事務長と図書館に戻ると、派遣司書は既に退勤していたが、平井が貸し出しカウンターに座っていた。珍しいなと思いつつ、玲は地下書庫から戻ってきた理枝に、心配をかけたことを謝った。
「その様子だと大したことなかったんだね、良かった」
 理枝は脱力したように肩を下げた。玲は小声で報告する。
「院の北墻先生が来てくれてね、中田先生たちを蹴散らしてくれたの」
 ええっ、と理枝は口に手をやった。
「いろんな意味で凄いわ」
「宮坂先生が口添えしてくれたっぽくて、構成員の余暇活動を歓迎するって」
 流石……と理枝はうっとりした顔になる。そして思い出したように、あっ、と言った。
「平井さんが用があるみたい」
「私に?」
 玲は俯き気味でカウンターに座る平井を見た。とりあえず彼女は退勤時間を過ぎているので、上がらせなくてはいけない。
「平井さん、どうしたの?」
 玲に声をかけられ、平井はびくっと顔を上げた。顔色が良くない。彼女は立ち上がり、上擦うわずった声で言った。
「あの、タイムカード押してもう一度来ますから、ちょっと待ってもらっていいですか?」
「えっ?」
 平井は玲の返事を待たずに、事務室に小走りで向かう。理枝が首を傾げた。
「小森さんが事務長と出て行ってから、何か様子が変なんだよね」
 言いながら理枝は1台のパソコンをシャットダウンする準備を始める。平井はすぐに戻ってきた。そして次の瞬間、玲に向かっていきなり頭を下げ、すみません、と絞り出すように言った。玲は仰天する。
「えっ! 何、どうしたの?」
 平井は顔を上げると、真っ赤になりながら話す。
「私、小森さんが投稿サイトに小説をアップしてるのを、中田先生に、告げ口、しました」
 玲は思わず、はあっ? と声を裏返した。理枝もキーボードを叩く手を止め、目を丸くして平井を見上げている。
「この間、宮坂先生と小森さんが3階で話してるのを聞いて」
 平井の話が玲の頭の中で繋がらないうちに、理枝が勢いよく立ち上がった。
「どういうことよ! 説明しなさい!」
 ほぼ誰もいない閉館前の図書館に、理枝の声が響いた。玲はその声にも驚き、まあまあ、と思わず彼女を宥めにかかる。平井は肩をすくめて、僅かに震えていた。
「こっ、この間相互利用の処理を小森さんに任せたら、あれ以来芳川先生が、図書館に来たらいつも、小森さんいる? って……」
 理枝は眉間に皺を寄せて、ええっ? と苛立った声を上げたが、これは恋愛小説家としてはややいただけなかった。かと言って玲も、平井の行動の真意を理解した訳ではないので、確認を試みる。
「要するに、私が芳川先生に気に入られたっぽいのがムカついたから、私を陥れるために中田先生を利用した、みたいな?」
 玲が言うと、平井は涙目になり、その場にしゃがみこんでしまった。
「ごめんなさい、まさか小森さんが呼び出されるようなことになるなんて思わなかったんですっ」
「あんた何考えてんの!?  こんなことしてただで済むと思ってないでしょうね!」
 事務長が理枝の怒鳴り声に、飛び出してきた。カウンターの床にうずくまって泣く平井と、目を吊り上げ彼女を睨みつける理枝の姿に、事務長は見るからに動揺した。
 玲は上長に、平井が玲の投稿について中田教授に話したことだけを説明した。平井の行動は意味不明で許し難いが、理枝に先にキレられ、玲は怒るチャンスを逃してしまった。
「明日あらためて話を聞くよ、平井さん……もう今日は帰りなさい、柏木さんも落ち着いて」
 事務長は溜め息をついた。閉館時間が来たこともあり、これ以上話を続けてはいられなかった。平井は泣きながら去り、玲は館内の確認のために、ばたばたと3階に向かった。

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