オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

42 里帰り③

「それで玲は小山内さんとこれからどうしたいの、それに尽きる」
 藍は玲の話をひと通り聞いてから、言った。
 ずっと女性だと思いオンラインで接していたので、浩司に実際会って驚いたこと。容姿は特に好みでは無いが、イケメンの部類に入り、話が弾みいつも楽しいこと。彼が仕事の都合で都内に引っ越してきたこと。後を尾行つけてきた孝彦を撃退してくれたこと(この話でまた藍は孝彦にキレた)。少し良い雰囲気になったけれど、躊躇ためらいがあること。そして、彼が女性と喫茶店で話し込んでいたこと。
 玲はそれらを順序立てて姉に話した。紅茶を飲んだあと、お互い横並びのベッドに転がっている。
 結論を述べよと言われれば、一つしかないことに玲は気づく。
「もっと仲良くしたい、でも……」
「何がでもなの、その一緒に居た女も、深い関係だって決まった訳じゃないのに」
 藍は浩司にずばりと訊けばいいと言うのだった。
「指輪のことも同じよ、別れた奥さんとのものなんだろうけど……外さない理由を勝手に膨らませるからぐずぐず悩むんじゃないの? 妄想は執筆の時だけでいいって」
「だってそんな、土足で人の心に踏み込むような……」
「それが余計な気遣いなの、未練があったとしても元妻とは終わってるのよ?」
 姉が自分と違い、ぐずぐずするのが嫌いな人間だということは知っている。しかし浩司に指輪をつける理由を尋ねるのは、あまりに無神経な気がした。
 浩司から愛想を尽かされたくないという気持ちは、玲の中で呪縛に近いものになりつつあった。彼が嫌がることをして、口を利いて貰えず、メッセージも既読スルーされるようなことになるなら、距離を取って当たり障りの無い関係でいるほうがいい。
 そう言うと藍は、わからーん、と声を裏返す。
「7つも上なんでしょ? あんたのバカな元夫じゃないんだし、どっしり構えて聞いてくれるって」
「……そうでなければ?」
「器の小せえ男だなって捨て台詞を吐いたらいいじゃん、どうせ続かないから」
 全て藍の言う通りだと思う。理性ではわかっているけれど、覆いかぶさってくる感情が気持ちを乱す。藍は気弱に俯く妹に同情する溜め息をついた。
「玲は元々怖がりさんだもんね、旦那にも裏切られてるし……」
「気まずくなって今連載中の小説に挿絵を描いて貰えなくなるのも困るの」
 言いながら玲は、それこそ馬鹿げた言い訳だと思った。浩司に描いて貰えなくなれば、その時点で絵をれるのを辞めるか、他の絵師を探せばいいだけのことだ。
 本当は……浩司自身も、彼の絵も自分のものにしたい。玲の願望は既に、そうはっきり形作られていた。そんな濃い色をした、高い温度を持つ感情を抱く自分が怖い。
 玲さん、と呼びかけてくれる深く優しい声が恋しい。右を見上げると視界に入る顎の線や、玲の全てを包み込み大切に触れてくれる大きな手が恋しい。
「あらら、そんなに思い詰めてるんだ……乙女だねぇ」
 姉は身体を起こして、ティッシュの箱をこちらに差し出した。それでようやく、玲は自分の目からどんどん熱い水が流れ出ていることに気づく。
 ううっ、と言葉にならない声を上げて、玲はティッシュを数枚取り出した。私は馬鹿だ。知らない間にこんなにヒロさんのことが、好きになっていた。なのに、あちらからアクションしてくれるのを待ってばかりだった。
「でぼ、ごわい……」
「鼻かみなさいよ、何が一番怖いの?」
 玲は思いきり鼻をかむ。
「……これからどうしたいのか今はわからないって言ったの、もう嫌になったのかなって」
「そうじゃなくて、あっちも一緒だってことじゃないの? 進み方がわかんないってことでしょうが」
 浩司も自分と同じく一度結婚に失敗している。彼が躊躇や遠慮を見せていたのも確かだから、同じような迷いがあるのかもしれない。
「バツイチ同士ってそんなものかもねぇ」
 藍は溜め息混じりに言った。でも、と彼女は続ける。
「職場にバツイチの男性と再婚して2年の元バツイチさんがいるの、めちゃくちゃご主人と仲良しだよ……前回の失敗をお互いに教訓にしてるって」
「いやあの再婚までは考えてないよ」
 玲はぎょっとしながら言った。ああでも、仕事のパートナーが生涯のパートナーになるって展開は悪くないな……。あ、先走った……。
「……東京帰ったらこっちから連絡してみる」
 玲はティッシュをゴミ箱に入れて、言った。藍は明日しなよ、と応じた。
「善は急げ」
「でもヒロさんも帰省してのんびりしてるかも」
「ご機嫌伺いくらい気軽にすればいいの」
 玲は頷く。こんな話を姉とじっくりするのは、初めてだった。同性のきょうだいは、その存在が有り難い。これまで恋愛ネタ以外のいろいろな場面で感じてきたことを、今あらためて玲は噛みしめていた。

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