オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

30 花嵐①

 履修登録が始まる日の朝礼で、附属図書館の司書たちは、新入生へのオリエンテーションのリニューアル案に驚いていた。……玲と理枝と事務長を除く全員が。
 新図書館長の宮坂が朝一番にやって来て、理枝がエクセルで作表し直した割り当て表を、彼自ら全員に配布した。事務長までコマを持たされていたが、意外にも彼は不服そうではなかった。嫌な顔をしたのは、ベテラン派遣司書たちである。
「先生、私たちも1人で10人から15人の新入生に話をするということですか?」
 この図書館が最初に派遣司書を使い始めた時から勤務する、6年目の高岡が言った。宮坂はあっさりと、そうですよ、と応じた。
「これは私たちの業務ではないと思うのですが」
 高岡は慇懃無礼に言い、平井を含む数名の司書たちがそれに同意する空気を醸し出した。宮坂はあくまでも静かな口調で言う。
「何故ですか? 普段のレファレンスとさして変わらないでしょう?」
 常日頃から高岡らが手抜きしていると鼻白んでいる理枝が、唇の端をうっすらと持ち上げたのが玲の視界に入った。
「レファレンスもしていただけないということなら、貴方方の来年度以降の契約更改の見通しが、怪しくなりますよ」
「だって、今まで私たちは常勤さんの補佐で」
 突然の脅迫めいた図書館長の発言に、高岡は明らかに動揺していた。しかし彼女の反論を宮坂は許さない。
「これは正職、あれは派遣の仕事と言える余裕はもうこの大学にはありません……正職と全く同じ仕事をしろとは言いませんが、より良い図書館の構築に協力できないということなら、できる人との交代を派遣会社にお願いしようと思います」
 宮坂はこの1週間、授業が無い時は図書館によく顔を出していた。彼自身の目で司書たちの仕事を見ていたのだとわかり、玲の心臓がきゅっとなった。
 とはいえ玲は宮坂の言葉を有り難く思った。特に高岡は、勤務時間中如何に仕事を抱えないで過ごすかしか考えていない。しかし自分より年上で、同じくらいの年数ここで働いている彼女には、玲もはっきり言いにくい場面が多いのだ。
 年数の浅い派遣司書たちは、意外にも宮坂の提案に前向きな態度を示した。図書検索システムと、談話室など書架以外の施設の使い方さえ伝えれば、新入生が楽しめるよう、自由に時間を使えばいいという話に、やる気を刺激されたようだ。
 かなり濃く、嫌な人は辞めれば? という空気が醸成されてしまい、玲はひやひやする。高岡たちがこれからどう身を振ろうが自由だが、あまり館内の雰囲気が悪くなるのは考えものだ。
 朝のミーティングは波乱含みで終了した。玲も45分をどう使うか考えねばならなかったが、例年の業務でもあるため、さして気の重くなることではなかった。


 珍しく昼休みに、理枝が食堂を使いに来た。窓際の定位置に座っていた玲は、彼女を気楽に迎えた。
「あーすっきりした、このまま仕事しない人たち一掃されて欲しい」
 理枝はベテラン派遣司書たちに微塵の同情も見せない。玲は声を落とす。
「代わりにデキる人が入ってくる確約も無いのに、あまり追い込むのもどうよ」
「まあそれもそうか、こっちだって一層しっかりやらなきゃいけないから、人のことを気にしてる場合じゃないね」
 理枝はたまにちゃらんぽらんだが、家庭と仕事を両立させる、真面目な主婦であり労働者である。彼女は味噌汁の椀に口をつけて、ひと息ついた。
「宮坂先生が私の執筆活動に興味を持ってくれて」
 理枝の話に、玲は驚いた。これまで投稿した作品の中から、自信作を数編読んでもらっているという。
「大胆な……」
 玲は心から発言した。今週末、新作の連載を開始する。表紙絵が美し過ぎて、本当なら今すぐにでも、固定ファンの皆様に小説共々披露したい。でも宮坂に読ませようとは思わない。
 理枝は熱意を持って語る。
「あなた言ったでしょ、ご都合主義的な展開が気になるって……宮坂先生もそう感じるかなと思って」
 以前彼女から小説の感想を訊かれた時、どうしても引っかかることを伝えた。気にしているのだとわかり、申し訳なくなった。
「あれから少し直したの、さらに手を入れるべきなら全面改訂も考える……コンテストに出したいの」
 理枝の話に、玲は小山内との会話を思い出す。自分が無欲だと彼は言うが、書くのが楽しいだけなので、賞を取ることや書籍化にさほど興味は無い。言うならば、自分の執筆活動はマスターベーションに近いかもしれない。たまたま沢山の人に読んでもらえるようになったが、誰も読まなくなっても書いていそうだ。もしそんな風になったら……もう小山内に挿絵を頼まないだろうけれど。
 理枝は少しむくれて言った。
「何よ、馬鹿じゃねぇのとか思ってんでしょ?」
「反対だって、頑張るなあって感心してる」
 玲はキャベツの千切りを口に入れ、その柔らかさと甘さを楽しんだ。熱くなれることをいろんな人に素直に語れる理枝が羨ましかった。

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