オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

29 新しい風③

 宮坂教授は、新入生へのオリエンテーションをわかりやすく効率的に行いたいという玲の気持ちを汲んでくれた様子だった。
 1クラス30人を2班に分けて、司書が1人ずつで担当する。説明に慣れない者は、班の人数を10人に減らしてもいいかもしれない。必ず学生には1人1回、図書検索システムに触らせる。これが使えたら本の場所もわかるので、わざわざ開架図書コーナーを全て見て回らせる必要も無い。
 宮坂は、司書の推し本とその理由を学生に聞かせてやればどうか、また今後の企画として、図書館所蔵の貴重本を展示し紹介することはできないかと言った。
 玲は展示をするのであれば、派遣司書の勤務時間や業務内容を拡張しないと難しいと、正直に話した。宮坂は、図書館内を派遣司書ばかりにして人件費を削るという最近の私立大学の風潮について、教育現場には金がかかるということを理解しない馬鹿が増えたんですよと、苦々しく批判した。
 たった20分弱でこれだけの話ができたことに、玲は驚きと喜びを感じていた。仕事を17時半に終え、少し頭の中を整理したくて、駅前のファストなカフェに腰を落ち着けた。小山内に、話につき合って欲しいとふと思ったが、まだ彼の仕事は終わらないだろう。
 玲はカフェラテの泡をスプーンで混ぜながら、どうしてこんなに小山内と話したいのだろうと思う。宮坂教授に対し彼は興味を持っている様子だが、よく考えると、宮坂が図書館の改革(?)に熱心そうだなんて話は、彼にとって何ら楽しくもないだろう。
 もちろん新作の表紙絵の話はしたい。小山内が推している横顔の絵を使い、恋愛ジャンルで投稿しようと思う。玲は投稿サイトで、中編のティーンズラブをまとめて3本読み、先月完結した大正ロマンも、途中で恋愛にジャンル変更しても良かったなと感じたのだった。
 同時連載は、どのサイトが良いかリサーチ中だ。これは小山内の意見も聞いてみたい。挿絵の映える読書画面を持つサイトは無いのだろうか。小山内にはオンライン絵師仲間が沢山いるから、尋ねてもらいたいところである。
 玲はスマートフォンのメモを開き、先日小山内の絵を見てから構成し直した、主人公たちの再会の場面の続きを打ち込み始めた。その気になればすぐに書けるメモ機能を、パソコンのワードと併用しているのだ。
「アデルは人の気配に気づくのが遅れた。だから次の瞬間、何が自分の身に起きたのか分からなかった。上半身が拘束されて、耳許で誰かが自分の名を呼ぶ。彼女はその声を知っていた。
『ドゥメイユ伯爵! 何処から入っていらしたのですか、おやめください!』
 アデルは自分を包む香水の匂いにぞっとする。伯爵は吐息混じりに話した。
『お返事をいただけないので、直接伺いに来ました』
『お断りするつもりだとお察しくださいませ』
 アデルは言いながら肩を揺するが、伯爵の拘束は緩むどころか、強まるばかりだ。何と失礼な男なのだろう、私が落ちぶれた男爵家の出戻りだから、馬鹿にしているのだ……。
『受け入れてくださるなら、修道院よりは楽しく過ごせると保証しますよ』
 アデルの頭に血が昇る。伯爵の言葉は、どこまでも腹立たしかった。ささやかな贅沢の代償が、身体を差し出すことだなんて。彼女は渾身の力で暴れた。
『離して! 人を呼ぶわよ!』
 低い笑いが響いた。
『楽しいひとだ、誰があなたを呪われた女などと言い始めたんだ? あなたの夫は勝手に死んだのに』
 うるさい、本当に呪ってやる! アデルは自分の胸の前で組まれた男の手に歯を立てた。」
 未亡人である主人公アデルが、伯爵の誘いに強く反発するよう変えた。彼女はプライドが高い上に、夫の死を自分のせいのように吹聴され、他人を信用できなくなっている。伯爵は彼女を自分の領地に半ば強引に連れて行き、我慢強く説き伏せるのだ。
 前作とは正反対に、2人は周囲から交際を反対される立場ではなく、お互い既に男女の営みを知っている。これはやりやすかった。アデルが堕ちれば、思う存分セックスの場面を描写できるというものだ。
 わくわくしながら手を動かしているうちに、随分時間が経ってしまった。小山内に連絡してみようかとふと思ったが、彼は今超繁忙期なので、やはり思い留まった。早足で店を出て、玲は駅に向かった。
 強引に背中から羽交い締めって、いいなぁ……玲は歩きながら勝手にうっとりした。さっき書いていた場面に、是非あの絵を入れたい。
 その時ふと、誰かに見られているような気がして、玲は振り返った。駅前はこれから帰宅する人と、ここまで帰って来た人の流れが合わさり、ごちゃついていた。小山内がいるのだろうかと一瞬期待したが、それにしては嫌なうすら寒さがあった。
 いろいろテンションが上がり過ぎて疲れたのだろう。玲は自分をそう納得させ、ICカードを改札にかざした。

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