オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

25 おじゃまします③

 小山内の返答に、玲はどきりとして息を詰めた。やはり同類でいらっしゃいましたか。3秒後に息をつき、えっと、と玲は無意味な前置きをする。
「傷に触れることになって、ほんとにごめんなさい」
 人としての礼儀はわきまえるべきだと思い、謝罪した。小山内はいえ、と、小さいがはっきりと応じた。
「俺が既婚者だったらこんな振る舞いは不誠実で倫理にもとります、あなたにそんな誤解を与えて気を揉ませたのが申し訳ない」
 小山内が叱られた犬のように上半身を小さくしているので、玲は自分の事情も明かしておくべきだろうと思った。
「すみません、私……夫の浮気が理由で3年前に離婚してるんです、だから不倫はほんと無理で……する人も軽蔑するし自分も絶対にしたくない」
 玲の言葉に、小山内はふっと表情を緩めた。
「だから主要なキャラクターに不倫をさせないんですね」
「……自作のキャラは皆可愛いので……」
 玲も肩の力を抜く。そして残り4分の1ほどになったタルトに、フォークを刺した。
「フィクションでしかもエロメインなものを書いてるのに、馬鹿馬鹿しいですよね」
「玲さん、自分自身や自分の作品を自らおとしめるような発言は良くない」
 小山内はマグカップ片手に、大真面目に言った。
「少なくとも俺はあなたの書くものを軽く扱っていないし、キャラクターやストーリーに自分の信念を入れるのは決して悪いことじゃない」
 そうですね、と玲は少し視線を落とした。小山内は熱心な口調になった。
「エロメインの話に信念やテーマがあってはいけないなんて、そういう読者もたぶんいますけど、読み捨ててるんでしょう……玲さんの物語を読み捨てない読者も沢山いるんだから、その人たちのためにも背骨の通った話を書くべきです」
 玲は小山内の真剣な表情に、嬉しさと怖さの混じった気持ちを覚えた。この人にこんな風に言ってもらえるようなものを、自分が書いているとは思えない。でも確かに、その場限りで読み捨てられ、ちらりとも思い出して貰えないものを書き続けるのは、悲しく虚しいかもしれない。
「ヒロさん、最近私も、ちゃんと書いてちゃんと読んで貰いたい欲が出てきてはいます……でもそんなに買いかぶらないで」
 玲の言葉に、小山内はあくまでも優しい表情を崩さない。玲はふと、可愛げの無い言動を連発しているのに……と思う。
「買い被ってるつもりはないけど、玲さん自身に書き手としてのある種の自覚みたいなのが出始めてるのは確かだから、それを柱にして自信を持って進んで欲しいとは思います」
 ああ、この人はやっぱり、私よりだいぶ先を歩いてきたんだな。人事に携わってるから、沢山の人を見てるだろうし。玲は勝手に納得する。
 この人は信頼してもいいかもしれない、仕事……じゃないな、趣味のパートナーとしてだけでなく、1人の人間として。玲はそう結論づけることで、何かとてもほっとする自分を見出した。そして、自分の気持ちをそう導くことができて良かったと思った。
 テーブルの上の食器が空になったのを見計らって、小山内は和室に行った。パソコンテーブルの横で荷解きを待つダンボール箱を開け、クリアファイルを中から引っぱり出す。玲は小皿とマグカップを、シンクの中にそっと運んだ。
「あ、食器すみません……勝手に進めて申し訳なかったんですけど、扉絵のラフをいくつかつくってみました」
 小山内がこちらに戻ってきて、3枚のA4サイズの紙をテーブルに広げた。まだキャラクター造形が出来ていないので、人物はのっぺらぼうだったが、衣装は丁寧に描き込まれていた。玲は目を見はる。
 コルセットとパニエ姿でしどけなくソファに座る女。半ば強引に、質素なドレスの女を背中から抱き締める貴族の男。玲が渡したたったあれだけの資料で、ここまで仕上げてくる小山内に畏怖さえ覚えてしまう。
 ラフ画を直接見せてもらうのは初めてだった。本当に下絵で、デジタル処理もしていない鉛筆でのスケッチなのに、もう紙上の男女に生命が吹き込まれつつある……のっぺらぼうにもかかわらず。
「エロ美しくて見惚れます……ヒロさん画集作ったらどうですか? 個人的に閲覧用と保存用に3冊買って、うちの図書館の美術書コーナーにも置かせますよ」
「えーっそれ嬉しい計画ですね、前向きに検討します……俺実は、一番地味なこれが気に入ってたりするんですけど」
 一番下に隠れていた絵を、彼の指がつまみ上げた。真横を向いた女性の、胸から上が描かれていた。結った髪や襟元のレース、柔らかく膨らんだ胸が美しい。やはり顔は真っ白なのに、凛とした雰囲気が伝わってくる。
「ロココより少し前になってしまうんですけど、ルネサンス時代の肖像画を真似てみました……『アンジェリク』みたいにヒロインの一代記スタイルにするなら、こういうのもアリかと」

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