オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

19 来たる春②

 これから新年度が始まるまでに、開架図書の点検と整理をすることが、目下の最重要ミッションである。玲はこの作業は嫌いではないが、なかなか大変だ。
 当然のことながら、図書館の蔵書は増えるばかりだ。棚に余裕が無くなれば、あまり貸し出されない本は、閉架の書庫に移動するか、本の状態や所蔵冊数によっては廃棄せねばならない。その判断をつけるのが難しい。
 昼からの仕事に向けて、玲ががっつり学生向けの定食を頬張っていると、スマートフォンが震えた。
「こんにちは、引っ越し先をまだお伝えしてなかったですね。実は玲さんの職場に近いのです。会社の借り上げの古いマンションで、ここから新橋に通います。」
 小山内のメッセージに、玲はやや驚かされた。
 東京方面なら横浜市内から通勤できなくないので、引っ越しを迷ったと少し前に書いていたが、電車の混雑を思えば都内に暮らすほうが賢明だろう。山手線で直通だから、かなり楽だと思う。とはいえ、玲の学校の近くだとは……この辺は家賃が割と高いと聞くが、会社が借り上げている集合住宅なら、相場より多少安いのかもしれない。玲は返信した。
「会社が用意してくれるのはいいですね。ヒロさんとはご縁があるのかもしれません」
「古いですが、悪くないマンションです。縁があると言ってくださると嬉しいです。」
 返事が早い。あちらも昼休みなのだろうか。玲は鯖の塩焼きを口に入れ、字を打ち込む。
「何かお手伝いできそうなことがあれば、おっしゃってください」
「ほんとうにありがとうございます。引っ越し先近辺をよく知らないので、荷物を解いてから買い物につきあっていただけたら、喜びます。」
 玲は小山内の即レスを見て、ちょっと自分の態度が馴れ馴れしかったように思えた……まあ喜んでくれているし、買い物くらいいいだろう。
「了解です」
「嬉しいです。こうなると早く引っ越したくなってきました。」
 小山内は3月の最終土曜日が引っ越しだと伝えてきた。今の時期は引っ越しの繁忙期だ。そのため時間指定ができないらしいので、時間が決まれば教えてくれと返事をする。
 玲は午前中だけ出勤のため、午後なら手伝ってやれそうだ。部屋に上がり込むのは微妙だなとふと思ったが、深く考えることを放棄した。小山内の顔を見ることを、ちょっと楽しみにしている自分を見出してしまったからである。
 味噌汁をすすると、気持ちが落ち着いた気がした。そこで初めて、玲は自分が微妙に高揚していたことにも気づいたのだった。

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