オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

15 絵師の思索②

 10年ぶりの同窓会をそこそこ楽しみにして都内まで出て来たのに、玲と過ごした数時間が楽し過ぎて、少しどうでも良くなってしまった。いっそ、同窓会に行くのをやめて、玲をもう一度誘おうかとまで考えた。辛うじて、同級生はともかく先生の顔を見たいからと、自分を押しとどめた。でも2次会は疲れただけだったので、早めに切り上げて、京浜東北線に乗る前に、1時間でもいいから玲を誘えばよかったと、未だに考えていた。まったく未練がましい。いったいどうしてしまったんだろう?
 浩司は何となく幸せな気分になりながら、寝間着に着替えてベッドに身体を投げ出した。ふと、玲が、バスローブ姿で横たわっているような妄想が脳内をよぎる。浩司の右耳がよく聴こえないことを気遣ってくれる彼女は、左側でこちらに身体を向けて、少し上目遣いになり、自分を見つめている。
 先週会ったばかりの女流官能作家に対する妄想は、自分でも驚くくらい淫らに進行した。躊躇ためらいを見せる玲をそっと抱き寄せ、まず頬に口づける。硬くなった身体がほぐれるよう、背中を撫でて言うのだ。嫌なら言って。
 玲は耳まで赤くなり、嫌じゃないですけど、ちょっと怖いです、と答える。処女でもなかろうに、何が怖いのだろうと疑問になったが、リアルで知り合ったばかりの男にそんな風に振る舞うのも古風で良い。あんなエロい文章をばんばん書くわりには、経験が少ないのかもしれない。浩司は言い含めるように彼女に伝える。じゃあゆっくりしよう、駄目だと感じたら正直に言って。あなたが自分の書くキャラクターに対してそうであるように、俺もあなたに無理強いは絶対にしたくないから。
 浩司は淡く微笑んだ玲の唇に自分のそれを重ね、時間をかけて味わう。彼女は顔を火照らせて、んっ、と可愛らしく言いながら、浩司の二の腕を掴む。抵抗しているのではない。
「……ああ、気持ちいいです……」
 そんな言葉を聞けるとは思わず、浩司は一気にヒートアップして、今度はキスしながら彼の唇をこじ開ける。玲は驚きびくっと身体を震わせたが、浩司が彼女の口の中に深々と舌を押し込むと、遠慮がちに応じてくれた。愛おしくて、夢中で舌を絡め合う。部屋の中に、くちゅくちゅと湿った音が響く……。
*                  *                     *
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 浩司は瞼の裏に淡い光を感じ、そっと目を開けた。エアコンの切れた部屋の空気はしんと冷え、無意識に腰まで布団を引き上げていたが、肩が寒くてさらに毛布も引っぱり上げる。カーテンの隙間から、弱く朝の光が差し込んでいた。
 夢だったと思うとがっかりしたが、あんな夢を見るのが本当に久しぶりで、浩司は一人で恥ずかしくなり、顔が火照った。しかもよくよく思い出してみると、自分が夢の中で進めていた物語は、玲――大林薫がある大衆小説で描いたシーンをほぼなぞっていた。
 その作品は初期のもので、まだ挿絵が入っていなかった。スキルマーケットで知り合ってから彼女の作品をひと通り読んだ時に、印象に残ったもののひとつだった。この場面に登場する、ラブホテルで教師に抱かれ破瓜する女子高生を絵にしてみたいと、浩司は初めて自発的に思ったのだ。
 その物語を読んだ時にはさほど強烈なエロスを感じなかった……いや、匂い立つものはあったが、自分に置き換えるようなことは無かったのに、今浩司の心臓はひどくせわしなく打っていた。玲を抱いたら、本当にあんな風に肌を染めて喘いでくれるだろうか。試してみたくて仕方がない。そんなことを考えていると、たちまち下着の中が窮屈になる。
 浩司は驚き、すぐに罪悪感に苛まれた。時計を見ると、いつもの起床時間まであと30分あったが、とても眠り直すことはできない。……シャワー浴びよう。浩司はひとつ溜め息を落とした。自分がこんな状態になっていると、玲には知られたくないと思う。確かに飲んで話した数時間はとても楽しかったけれど、いくら何でも節操が無さ過ぎる。こんな自分の生態がバレて、もう一緒に仕事はしないなんて言われたら、……ガチでしばらく立ち直れなさそうだ。彼女には節度を持って接さなくては。
 ベッドから降りた。足の指に触れたフローリングの冷たさに震えあがったので、浩司は暖房のスイッチを入れた。

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