オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

9 二軒目①

 もう少し飲もうという話は、あっさりと纏まった。玲は明日仕事は遅番だし、小山内の同窓会は17時からで、それまではフリーだという。久しぶりに人と飲んだ玲にとって、この2時間半は楽し過ぎた。飲み足さない理由が無かった。
 焼き鳥屋を出ると、酔って火照った頬に当たる冷たい風が心地良かった。奢ってもらう理由がないと玲が言い張って割り勘を頼むと、小山内は自分の泊まるホテルにバーがあるようだったから、そこで奢らせて欲しいと言った。ホテルのバーで飲むなどという経験の無い玲は、ちょっとどきっとした。男性と2人で、雰囲気のいい(かもしれない)場所で話す。すぐにわくわくしてきた辺り、玲はやや酔っていた。歩きながら小山内にくだらない話をし続けてしまう。
 勤め先の大学の図書館にやって来る、おバカだけれど可愛い学生たち。職員を使用人だとでも思っているかのような、みだりに態度の大きな教授。そんな先生たちにへこへこしている、頼りにならない上司。決して悪い人ではないのだけれど。小山内は微笑を絶やさず、玲の話に優しく相槌を打ってくれた。
「それで……あっ」
 玲の首からマフラーがするりと解けた。焼き鳥屋を出る時、慌てて雑に巻いたからだった。小山内が長い腕を伸ばして、マフラーの端を捕らえる。白いマフラーは、地面に落ちて汚れずに済んだ。
「ありがとう」
 玲が小山内を見上げると、彼は玲の首にそっとマフラーを巻いてくれた。煌々と辺りを照らす街頭の光の中で、しっかりと目が合った。小山内がマフラーの端から手を離さないので、そのまま見つめ合ってしまう。
 彼の眼鏡の奥の目が、わずかに細められた。玲なら自分の小説の中で、このまま目を閉じさせて、……えっ何、このシチュエーション。玲は酔っていたが、まだ冷静さを残した部分で何となく危機感のようなものを感じて、あの、とつい言った。小山内は目を見開き、ゆっくり瞬きをしてみせた。そして唇を緩める。
「あー玲さん可愛い、何で俺なんかと目を合わせてそんな戸惑う?」
「ええっ、ヒロさんが私のことじっと見るからっ」
 小山内はマフラーからゆっくり手を離して、進行方向を向いた。何なの、今絶対いじったよね。玲は唇を尖らせたが、別に悪い気はしないから不思議である。相手があちらを向いたのをいいことに、いきなり次作のプランニングを始めた。
 この人よく見たら割ときれいな顔してるな。こういうタイプ、主人公に据えたことないけど、いけそうだ。洋物かな、異世界でなくリアルヨーロッパの宮廷ものとかどうだろう? ああでも、下調べがちょっと大変かなぁ。
 背の高い小山内に微かに早足になってついて行くと、まだオープンして間もない高級ホテルに行き着き、驚く。こんなところに宿を取るなんて、お金持ってるんだな。バーにドレスコードは無いのかと、玲はアルコールを脳内から飛ばして考える。小山内は玲の歩調が躊躇ためらいから緩んだことにすぐ気づいた。
「え、そんな気取ったバーじゃなさそうですよ、俺だって普段着だし」
「でも……」
 小山内は尻込みする玲を宥めるような口調になる。
「別のお店探しましょうか」
 それも申し訳なかった。だって彼はここに泊まるんだから。店を覗いてから決めようということになった。
 ドレスコードは玲の杞憂で、1階で入りやすいこともあり、店内は様々な年齢層の人で、そこそこ席も埋まっていた。小山内はホテルのキーカードを店員に見せて、カウンターに向かう。
「慣れてらっしゃるんですね」
 玲は椅子に落ち着いて、言った。まさか、と小山内は笑う。
「何がいいですか、玲さん見かけによらず結構飲めるんですね」
「弱くなりましたけどね……同じものでいいですよ、マニアックなお酒でなければ」
 無難に国産ウイスキーの水割りをオーダーする。玲はさっき思いついた新作案を、早速話してみる。小山内が面白そうですね、と頷くので、下調べが大変だという気持ちが一瞬何処かへ飛んだ。
「ヒロさんに衣装の資料を探して送りますね、着物や洋服とは違うので」
「コルセット姿の女性とか出て来そうな空気感ですよね? ウエストぎゅっと締めておっぱいが溢れそうな胸元とか、エロくていいなぁ」

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