オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

6 はじめまして③

「……それで美大のゼミの同窓会があるんですね?」
「はい、正確にはゼミとは呼ばないんですが、ある先生が3月に退官するので、世話になった卒業生が集まって前祝いをすることになりまして」
「へぇ……先生をみんなで囲むなんていいですね」
 玲は結構本気で羨ましく思う。Hiroはちょっと笑った。
「かおるさんはお若いから、まだ恩師を見送るとかは無いでしょう?」
「恩師のほとんどはまだ大学で教えてますけど、私そんなに若くないですよ……ゼミ旅行とかほとんど参加しなかったから、そういう時にスルーされそうです」
 玲は苦笑してみせた。真面目に授業は受けていたが、掛け持ちしていたアルバイトが忙しかったこともあり、ゼミの友人とあまり交流が無かった。おそらく玲はゼミの同期の中でも結婚が早いほうだったと思うが、自分の結婚式に大学時代の友人知人は呼んでいないし、これまで誰かの結婚式に招待されたこともない。それ以外の集まりでも声をかけられたこともないし、もはやゼミのメンバーとして認識されていなさそうである。
 Hiroは少し声をひそめて、言った。
「小説書いて人気が出てるって聞いたら、みんなのほうからたぶん寄って来ますよ」
「あの内容はまずいかも……」
「あ……まずい人もいるかも知れないですね、俺も春画をネットで売ってるとは明日会うメンバー全員には言えません」
「春画って」
 笑いながら、二人してジョッキを傾ける。人と飲むビールは美味だった。
 幾つか食事の皿がやって来ると、ひとしきりお互い自己紹介をした。Hiro……小山内おさない浩司ひろしは、社会人になってから一度転職し、現在は中規模の食品メーカーで、人事や総務を担当している。実家は箱根で、横浜市内に一人で暮らす。若く見えるが、玲より7つ歳上だ。右手の薬指に金色のリングをしているところをみると、結婚はしていないが、恋人がいるのだろう。
 職場の名刺を交換すると、お互いサラリーマンで、文章を書いたり絵を描いたりする時間をつくるのに、日々苦労しているのだなと、妙に共感した。小山内は司書の仕事に興味があるようだった。
「割と肉体労働です、それに本を相手にしているだけならいいんですけど、学生や先生方がたまに扱いにくいです」
「人間はどこでも扱いにくいですよ、みんなじゃないですけどね……閉館時間って遅いんじゃないんですか?」
 玲はつい愚痴っぽくなってしまう。
「テスト期間中はちょっと遅いです、まあそんなに残業は無いんですけど、人を減らされているので毎日の仕事が増えて」
「ああ、学校もそうなんですか……私は給与の締めが毎月忙しいかな、あとは年末と年度末は、ほんとこの時期だけアルバイトに来て欲しいくらい」
 玲も前職は一般企業だったので、小山内の言うことはよくわかった。初対面だというのに、何でもない話が結構弾み、楽しい。
 食事もそれ自体が楽しかった。焼き鳥はたれも塩も美味で、23区は避けて通っているという割には、小山内は隠れた名店を知っているようである。玲はこの店が好みのビールを出してくれるのが嬉しかった。
「かおるさんが俺のイメージしていたのとぴったりの人で良かった」
 小山内は不意に言った。彼の優しく笑う目に、何故かどきりとする。
「どんなイメージなんですか」
「愛のあるセックスを書く優しい人、って感じですかね……あっこれから玲さんって呼ぼう」
 小山内が健康的にぱくぱく食べる様子や、箸の使い方がきれいなのは見ていて気持ちがよかった。それにしても、見かけ真面目なサラリーマンである彼が、愛のあるセックスなどという言葉をで口にするのでびっくりさせられる。玲はやや躊躇ためらいながら言った。
「愛の無いセックスも書いてますよ」
「設定やストーリーの流れ上でしょう? 俺が言いたいのは、玲さんがレイプまがいとか書かないってこと」
 小山内の言葉に、玲はああ、と応じる。男性向けのエロシーン増量の作品でも、強姦は基本的に書かない。それを受ける側……圧倒的に女性が多いのだろうが、どんなに恐ろしく屈辱的で、精神的にも傷つくか。
 玲は高校生の頃、自転車で後ろからこそっと自分を尾行つけてきた若い男に、背中を撫でられたことがある。そのことを思い出すと、20年近く前の、他人から見ればたったそれだけのことなのに、恐怖と嫌悪感がぶり返す。もし自分が暴行を受ける立場になったらと思うと、それだけで胸が苦しくなるので、強制するセックスは、詳しく描写したくないと思っている。
 そう語ると小山内は、感心するような表情になった。玲は我に返り、一生懸命話し過ぎたと恥ずかしくなる。そしてちょっと小山内から視線を外した。

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