女装賢者の石と変態ガール

森上サナオ

6話


 凜火りんかは装備のテーブルに歩み寄ると、傷だらけの鞘に「戦律科 装ー04」とラベルが貼られた日本刀を手に取る。演習エリアに向かうと思いきや、凜火は教官となにやら話を始めた。
「四神楽のやつ、どうせまた不合格だぜ」「アイツの体内魔力量、ハムスター並だからな」
 背後から聞こえた声に、オレは振り返る。凜火が「また」不合格? 体内魔力量が「ハムスター並」? 凜火って、優等生なんじゃないの?
 教官との話を終えた凜火が、踵を返して今度こそ演習エリアに足を踏み入れ──なかった。
「アオハさま、ちょっとよろしいですか?」
 刀片手に、凜火がオレの手を引く。ぽかんとする周囲の生徒を置き去りにして、凜火は白線を跨いだ。
「え? あの、凜火さん……?」
「ご心配なく、教官の許可は取りましたから」
 言葉の意味が解らず、オレは凜火の顔を見上げる。そして、思わず「ひぃ」と声を上げた。
 逆光の中で、凜火の口元がまるで三日月のように吊り上がっていた。不気味な笑みに、背筋が凍り付く。
「始め!」
 教官の合図が響く。その途端、凜火の両手がオレの頬を左右から包みこんだ。
「!?!?!?」
 凜火が、した。
 オレに、キスを。
 思いっきりディープなやつを。
 凜火の舌が、オレの口の中をまさぐる。逃げ惑うオレの舌を絡め取り、歯茎をねぶり、甘い唾液を無理矢理飲ませてくる。
 オレは棒のように立ち尽くして、指先だけをぴくぴくと痙攣させた。
 ……え!? なにこれ!? 夢!?
 頭が一瞬でオーバーヒートし、オレの思考回路はすっぽんぽんに武装解除されてしまった。
 凍り付いたのはオレだけじゃない。見物していた周囲の生徒や、教官までもが唖然として、突如演習場で繰り広げられたレズキスに言葉を失っている。
 そのとき、オレは身体に異常を感じた。身体の奥底から、魔力が凜火に吸い取られている。投げ込まれた錨のロープが海に吸い込まれていくように、するすると魔力の糸が凜火に流れ込み──
「ぷはぁ……」
 唇の間に唾液の橋を渡しながら、ようやく凜火が口を離す。放心するオレをその場に残して、凜火はターゲットに向き直る。
「の、残り三十秒!」
 教官がハッとして声を上げる。二分半もキスされてたのかよ!? 頭から湯気を噴き出すオレの前で、凜火が姿勢を正す。
 納刀したまま、凜火が瞑目する。ゆっくりと息を吸い、止める。ゆらり、と紅玉色の魔力が溢れ出し、彼女の周囲で陽炎のように揺らいだ。
 カッと目を見開く凜火。直後、彼女の踏み込みが地面を抉る。僅か三歩で、凜火はターゲットとの距離をゼロにした。
 凜火が抜刀。刀身に施された術式回路に魔力が流れ込み、刀身が閃光を放つ。
 斬撃は一瞬。魔力シールドごとターゲットを両断し、追って刀身の術式が発動する。
 一刀両断に斬り伏せられたターゲットが、焼夷しょうい魔術の追撃を受け粉々に爆散した。凄まじい威力の物理打撃に爆発、凜火の攻撃はもはや斬撃の域を超えた、砲撃だった。
 ドッ、と爆風が居並ぶ生徒教官たちをなぶる。濛々と立ちこめる砂埃の中から、チン、と凜火が納刀する音だけが聞こえた。
 煙が晴れると小さなクレーターの底に、炭化して原形の解らなくなったターゲットがへばりついていた。
「ゆ、有効……四神楽凜火しかぐらりんか、合格……」
 教官が震える声で合格を告げる。誰もが黙り込む中、凜火は涼しい顔で刀をテーブルに片付ける。
「学園の備品が!」
 青ざめた教官の悲鳴が、よく晴れた四月の空に木霊した。


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