社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第42話 彼女に会わないで②

芹香は、まるで彼女のように、信一郎さんに近づいて行った。
「今日はお時間作って頂いて……」
「いいんです。私も黒崎さんに会いたかったから。」
そう言って、芹香は信一郎さんの腕にタッチ。
ちょっと芹香、積極的なんじゃないの?
そして、二人は大きな高級ソファーに座った。
「コーヒーを二つ。」
「畏まりました。」
店員さんが行ったところで、私は二人の側の椅子に座る。

「お客様、ご注文は如何でしょうか。」
「えっと、コーヒー。」
「畏まりました。」
私はふとメニューを見て、驚いた。
ここのコーヒー、一杯1200円するの 
どんなコーヒーなのよ 
いやそれどころじゃない。
二人が何の話をしているか、聞いておかないと。

「今日は、素敵なお召し物ですね。」
「ふふふ。ありがとうございます。」
芹香は本当に嬉しそうに笑う。
「黒崎さん、清楚系がお好きなんでしょう?」
「えっ?」
「礼奈が言ってました。」
堂々と私の名前を出してくるなんて、その根性、凄いわ。
「そうなんだ。芹香さんは、礼奈と仲がいいんだね。」
「ええ、とっても。」
そしてコーヒーが運ばれて来て、二人は優雅に飲んでいる。

似合う。悔しいくらいに似合う。
一杯、1200円のコーヒーを、二人は完全に制覇している。
「お待たせしました。コーヒーでございます。」
私のところにもコーヒーは運ばれてきた。
しかも、このカップ!
マイセンじゃない 
一度、TVで観た事がある!
どうりで、一杯1200円もするはずだよ。
そう思いながら、一口コーヒーを飲んだ。
「ほう、美味しい。」
円やかで酸味と苦味が調和している。
くー、世の中にはこんなコーヒーもあるのね。

「お母さんはどんな様子かな。」
「さあ。お父さんは、私に様子を教えてくれないので。」
「今は、入院しているの?それとも、家?」
「分かりません。」
「意外と冷たいんだね。」
「お母さんには、二十歳の頃から会っておりませんので。」

えっ……5年もお母さんに会っていないの?芹香。
「会っていた頃は、元気だったのかな。」
「まあ。そこそこ。たまに体調が悪くて、臥せってましたけれど。」
「じゃあ、病気になられて、結構経つんだね。」
信一郎さんがそう言うと、芹香はフッと笑った。
「お母さんの話をしに来たんじゃありませんよ。」
「そうだね。君は、仕事は何をしているの?」
「してませんわ。」
「どうして?」
「お父さんが、家の管理をしなさいって言うので。」
おかしい。芹香は、いつも自分の決めた道を歩みたいって言っていたのに。
仕事も、在宅でやっているって言ってたのに。
私には嘘をついていたの?

「具体的には、どんな事をしているの?」
「使用人の管理ですかね。」
「使用人の管理?君が?」
「ええ。結婚しても、やる事になるのだから、今の内に慣れておきなさいって、お父さんが。」
それは、いつもの芹香から聞く言葉じゃなかった。
芹香はもっと自由で、自分の意見を持っていていた。
お父さんがそう言ったからって、それに従っていた?
本当は、どっちが本当の芹香なの?

「礼奈から聞いていた君とは、随分差があると思うけれど。」
「ふふふ。実際会ってみると、違うものでしょう?」
「君はもっと主体性がある人だと思ってたよ。」
「どうして?」
芹香は首を傾けて、お嬢様を気取る。
「君は、礼奈に何を吹き込んでいたんだ。」
「ありのままの自分ですけど?」
「そうか。君は、お父さんの籠の中で、自由に飛び回りたいと礼奈に言っていたのか。」

そうなの?
私に語っていたのは、夢だったの?芹香!

「ある意味、そうかもしれないですね。」
そして芹香のコーヒーが、無くなった。
「お代わりいいかしら。黒崎さん。」
「どうぞ。好きなだけ飲むといい。」
「有難うございます。」
そして分かった。
二人の空気が、一緒だと言う事を。
私はコーヒーを飲み干すと、お会計をした。

きっと二人は、この後も止まる事なく、話し続けるんだろう。
お互いが、興味深く見えて。

その日の夜。
信一郎さんから、電話が架かってきた。
『芹香さんって、ある意味面白かったよ。』
信一郎さんから、芹香の話は続く。
「ねえ、信一郎さん。」
『どうした?』
「もう、彼女と会わないで。」

これ以上、芹香と一緒にいたら、信一郎さん芹香を好きになっちゃう。
『そうしたいけれど、もう一度だけ会う事になっているんだ。』
「えっ?どうして?」
『パーティーに一緒に来て欲しいって言われてね。』
「そんなの断ればいいじゃない。」
『礼奈、芹香さんは取引先のお嬢さんなんだ。無下にはできないんだよ。』

嫌だ。これ以上、信一郎さんが芹香と一緒にいるのは、嫌だ。
『大丈夫だから。礼奈から離れないから。』
それが薄っぺらな言葉に聞こえたのは、何故なんだろう。

そして数日後。
芹香から、パーティーの招待状が届いた。

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