社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第38章 別れて欲しい②

そして、仕事が終わり、家に帰って来た時だ。
ちょうどお父さんが、トイレから出てきた時だった。
「よう、お帰り。」
「ただいま。」
お父さんを横目に、自分の部屋に行こうと、階段に向かった時だ。
「礼奈、これでおまえの結婚も、一歩前進したな。」
「えっ?どういう意味?」
私に結婚の話なんて、出ていない。
信一郎さんは、結婚して欲しいって言っているけれど、芹香の事もあるし。

「信一郎君との結婚だよ。」
「はあ?」
「はあって、そう言う話になってないのか。」
私は返答に困った。
「……そうなればいいねって話はしてるけれど。」
「全く。信一郎君も慎重だな。」
お父さんは、居間に向かった。
「お父さん、信一郎さんに変な事言わないでよ。」

「言ったよ。慰謝料払ったって言うから。」
「えっ?」
私は居間に座ったお父さんの前に座った。
「慰謝料、払ったの?」
「信一郎君がな。」
「信一郎さんが……」
胸がじーんとしてくる。
信一郎さん、5,000万払ってくれたんだ。

「おまえは、いい奴を見つけたな。」
「うん、私もそう思う。」
問題は、芹香だよね。
未だに、信一郎さんと結婚しなきゃいけないって、思ってるのかな。
そして、タイミングよく芹香から、電話がきた。
私は、居間でその電話を受けた。

「芹香。」
『……慰謝料、払ったのね。』
「聞いたの?信一郎さんが、払ってくれたんだよ。」
『黒崎さんが?』
芹香は、電話の向こうで驚いている。
『慰謝料を払ったと言い、結婚を断ると言い、礼奈のいい方向に話は進むのね。』
その言い方に、ちょっとムッとした。
「私達、愛し合っているの。」
『散々聞いたわ。その話。黒崎さんからも。』
「えっ?」
『食事会の時……』
ー 俺は、礼奈を愛しているんです -
ー 愛している人と結婚します。だから、芹香さんとは、結婚できません -

『黒崎さんのご両親、面食らっていたわ。』
それを聞いた私は、信一郎さんを愛おしく思った。
はっきり言ってくれたんだ、信一郎さん。
なのに私、別れたいだなんて言って。
ごめんね、信一郎さん。

『それで何だけど、増々黒崎さんを気に入ったって、お父さんが言うの。』
「芹香のお父さんが?」
私は、食事会の時に見た芹香のお父さんを思い出した。
終始ニコニコしていた芹香のお父さん。
お金の事だけじゃなかったんだ。
『今時、珍しいタイプだって。私とも気が合うんじゃないかって。』
私はスマホを握りしめた。
『だから礼奈。やっぱり黒崎さんと、別れてくれる?』
「芹香……」
『私と黒崎さんの結婚は、親同士で進んでいるわ。お願いね。』
私はそこで、電話を切った。

「何だって?芹香ちゃん。」
私は奥歯を噛み締めた。
「信一郎さんと別れて欲しいって。」
「ええ?芹香ちゃんも案外、しつこいな。」
「芹香も同じ事思ってるんじゃない?」
私は足を組んで座った。
私と信一郎さんが、どんなに頑張ろうと、芹香との結婚は避けられないの?

そんな時に、信一郎さんからメールが来た。
【支払った慰謝料を、返金された】
【どうして?】
【芹香さんとの結婚が決まった以上、慰謝料はいらないって事だろう。】
私は、スマホを投げようとした。
「おいおい、精密機械だぞ。」
この事は、安心しきってるお父さんにも言わなきゃ。

「お父さん、慰謝料は返金されたって。」
「何だって 」
「芹香との結婚が決まったから、慰謝料は払う必要ないって。」
「何だ、それ!」
悔しい。
どうすれば、信一郎さんと芹香の気持ちに、気づいてくれるの?
私は、立ち上がった。
こうなったら、直談判するしかない。

「礼奈、どこに行く?」
「芹香の家に行ってくる。」
「芹香ちゃんと、話し合うのか。」
「ううん。芹香のお父さんと会ってくる。」

私は家を出て、夜道を辿った。
芹香の家は、直ぐそこだ。
しばらくして、芹香の家が見えて来た。
電気はついている。
お父さんはいるだろうか。

私は玄関に回ると、インターフォンを鳴らした。
「森井です。」
さすがいつも遊びに来ているだけあって、直ぐに入れてくれた。
芹香は、玄関で待っていた。
「どうしたの?こんな時間に。」
「芹香のお父さんに合わせて。」
「何?お父さんに、信一郎さんの事を話し合うつもり?」
「それしか、私ができる事はないわ。」

芹香とにらみ合いが続いた。
「どうしても、信一郎さんを諦められないの?」
「そうよ。」
すると奥から、芹香のお父さんがやってきた。
「礼奈ちゃんか。今日はどうした?」
「信一郎さんと芹香の結婚について、話し合いに来ました。」
私は毅然とした態度で、芹香のお父さんに迫った。

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