社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第37章 別れて欲しい①

「礼奈……」
信一郎さんの顔が歪む。
「どうして、否定しないんだ。」
私は息をゴクンと飲んだ。
「……もう、終わりにしたい。」
下沢君の視線を感じる。
「気づいていると思うけれど、この前芹香と会った時、私見てたの。」
「ああ。」

信一郎さん、それがどうした?という返事だ。
「会話も聞こえていた。信一郎さんのご両親、芹香との結婚に、乗り気だったじゃない。」
「そうだな。」
「あれじゃあ、芹香と結婚するしかないじゃない。」
辺りがシーンとする。

さっきまで、あんなに空気が爽やかだったのに。
今は、重くて仕方がない。
「俺は、礼奈と結婚する。」
私は、もう笑うしかなかった。
「ありがとう。でも、信一郎さんの意見だけで、どうにかできる状況じゃないと思う。」
そう、信一郎さんのお父さんも言っていた。
もう、結婚を決めろって。

「それが、お金持ちの結婚って、ヤツなんでしょ。」
自分で言っていて、切なくなった。
この世には、自分の意見だけでは、どうにもできない事がある。
本当は芹香だって、親が決めた結婚相手なんて、嫌なのに。
信一郎さんだって、同じなのに。
ご両親の事情が、それを上回っている。

「あのー、俺が言う事じゃないと思うんですけど。」
急に下沢君が、口を挟んで来た。
「一旦、俺達引いた方がよくないですか。」
「引く?」
信一郎さんが不機嫌になっている。
「ええー、社長はこのまま森井さんと、別れるつもりはない。結婚したいという事ですよね。」
「そうだ。」
「その話に出ていた、芹香さんという方とは、どうなったんですか?」

そうだよ。あれだけ話を固められていて、芹香との結婚はどうなったの?
「芹香さんとの結婚は、正式に断った。」
「えっ……」
あの状況で?断ったの?
「礼奈と、一緒にいたいから。」
胸がじーんと熱くなった。
信一郎さん。
今すぐ、信一郎さんを抱きしめたい。

「それ、本当に断れたんですか?」
「どうしてだ。」
「だって、森井さんの話だと、お互いの両親は乗り気なんですよね。」
そうだよ。
信一郎さんと芹香が、嫌だって言っても、話を進めそうだ。
「なんか、勝手に話が進みそうじゃないですか?」
下沢君の言う通りだ。
両親達が、この結婚を決めてしまうだろう。
ああ、また落ち込んで来た。

「そして、森井さんはそれを考慮して、別れたいと言っている。」
辛い。
別れる時の辛さは、一時的なモノなのに。
この辛さは、一生続くような気がした。
「その上、俺も森井さんと、一緒にいたいと思っている。」
私は、顔を上げて下沢君を見た。
下沢君は、私にうんと頷く。
「やっぱりここは一旦引いて、森井さんに考えてもらうしかないのでは?」

信一郎さんが、私を見ている。
その視線のせいで、私の身体に穴が開きそうだ。

「礼奈、その方がいいのか。」
本当は、信一郎さんの胸に飛び込みたい。
でも、芹香との事が、気になって仕方がない。
「……うん。」
信一郎さんが苦しい表情をする。
私も苦しい。

「俺、行きますね。」
空気を読んでくれたのか、下沢君が動いてくれた。
「森井さん。」
私がふと下沢君を見た。
「自分の気持ちに、正直になった方がいいよ。」
「下沢君……」
「あまり頑固になると、取り返しがつかなくなるよ。」
「えっ……」

下沢君、本当は知っている?
私が、信一郎さんの胸に飛び込みたいって。
下沢君は、ニヤッとして書庫を出て行った。
部屋に残ったのは、私と信一郎さんだけ。

「じゃあ、俺も。」
信一郎さんが、背中を向ける。
その瞬間、私の手が上がった。
「待って!」
信一郎さんが振り向いた瞬間、私は彼を抱きしめていた。
「礼奈?」
「本当は、信一郎さんの事を信じたいの。」

そうだよ。
初めて会った時に、この人が運命の人だって思った。
この人と会う為なら、嘘つきになってもいいと思った。
絶対、離れたくないと思った。

「でも……芹香との結婚、本当に断れるの?」
信一郎さんは、私の手を握ってくれた。
「信じてくれるんだろう。」
お互い、見つめ合う。
「俺をもっと信じて。もう二度と離れられないくらいに。」

「信一郎さん……」
私達の唇が、少しずつ近づいて、柔らかく重なった。
「芹香さんとの事は、なんとかするから。」
信一郎さんはいつも、私の不安を拭ってくれる。


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