社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第34章 結婚しないとダメみたい②

「それって、私はお金に勝てないって事?」
芹香は、涙を拭いた。
「愛だけじゃ、上手くいかない時だって、あると思う。」

お金を持っていない私と、産まれた時からお金持ちの芹香。
そこには、拭えない溝がある。

「愛は、全てを超えられるよ。」
「それは、理想論。」
そして私と芹香は、平行線。
「だったら、私はその理想論を証明してみせるよ。」
私は立ち上がり、お店を出た。

芹香には分からない。
私には何もない。
お金も地位も、美貌も。
だから、信一郎さんとの愛だけが、私の支えなの。

その時、目の前に車が停まった。
随分、高級な車だ。
そして、車のドアが開いて、中から出て来たのは……
「礼奈。」
「信一郎さん。」
こんな場所で、信一郎さんに会えるなんて。

「見て、あの男の人、カッコいい。」
「乗ってる車もいいわよね。」
周囲の人も、信一郎さんを褒めている。
「一緒にいる女の子は、彼女さん?」
「それにしては、地味じゃない?」
そして私は、そんな信一郎さんに似合わない。
でも……

「信一郎さん、どうしたの?」
「礼奈の姿を見たら、会いたくなった。」
そして、信一郎さんは私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「信一郎さん、苦しい。」
「ごめん。俺の我儘。」
そんな信一郎さんと、一緒にいたくてたまらないの。

その時、芹香の姿が目に飛び込んで来た。
「芹香……」
「お店を出たと思えば、早速イチャついているのね。」
芹香はため息をついた。
信一郎さんは、私を放すと芹香にお辞儀をした。
「初めまして、かな。黒崎信一郎です。」
「沢井芹香です。」

さすがは、お金持ち二人が会うだけで、凄いオーラが出ている。
「何だか、初めて会った気、しませんね。」
「そうですね。」
二人は作り笑いをしている。
それが愛想笑いに見えても、二人の出会いは、笑えたものじゃない。

「父が、私とあなたの結婚を望んでいたようです。」
「ええ。礼奈から聞きました。僕のほんの勘違いで。」
「勘違い……」
芹香はふっと笑った。
「礼奈に騙されたの、間違いでしょ。」
胸がズキッとなった。
芹香、今になって代わりになっていたのを、気にしているの?

「確かに。我々は、騙されていたのかもしれない。」

私は一歩後ろに下がった。
二人だけの世界のような気がして、居たたまれない。
「でも……」
その時、信一郎さんが私を片手で、抱き寄せた。
「今は、その事を幸いだと思っています。」
そして信一郎さんは、私にウィンクをした。
「……裏で、被害を被った人がいても?」

心臓がドキドキして、止まらない。
芹香は、明らかに信一郎さんに、敵意をむき出しにしている。

「私達の結婚で、いくら動くはずだったか、ご存じですか?」
「……1億ですか。」
信一郎さんは、静かに答えた。
「それは、沢井が貰えるはずのお金でいいでしょうか。」
信一郎さんは、黙ってしまった。
私達と芹香の間に、冷たい風が吹いた。

「お願いです、黒崎さん。私、本当の事を知りたいんです。」
芹香の真剣な顔、初めて見たような気がする。
いつも天真爛漫で、笑顔を絶やしたことのない彼女の、本当の顔を。
「これは、父から聞いた話なのですが。」
「ええ。」
あまりの重い話に、私は足が震えている。
それを、信一郎さんが支えてくれていた。

「初めに、政略結婚を申し出たのは、沢井の家だそうです。」
「そうですか。」
「1億、援助してくれないかと。その代わりに、娘をやるからと言っていた。」
芹香から伝わる悲しさは、私にも分かった。
「お母様、若年性認知症だそうですね。」
信一郎さんの言葉に、芹香は目を大きく開けた。

「えっ?そんなの聞いてません!」
信一郎さんは、はぁーっとため息をついた。
「1億は、お母様の介護費だったそうですよ。」
「介護費……」
芹香はそう呟くと、ふらっとどこかに行ってしまった。
「芹香!」
追いかけようとした私を、信一郎さんは止めた。
「今は、そっとしてあげよう。」

まさか、芹香のお母さんが、そんな事になっていたなんて。
しかも、それを芹香が知らなかったとは、そんな事あり得るの 

そしてその夜、芹香からメールが来た。
【母の病気、本当だったみたい。父が今まで隠していたの。】
たったそれだけの言葉で、芹香の悲痛が感じられる。
【礼奈、お願い聞いてくれる?】
【何?】
【黒崎さんと別れて欲しいの。】

私はその言葉を疑った。
どうして 今まであんなに応援してくれていたのに 
そして、もう一通。芹香からメールが来た。

【私、黒崎さんと結婚しなきゃ、ダメみたい。】

私は、スマホを床に落とした。

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