社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第33章 結婚しないとダメみたい①

慰謝料の件で、信一郎さんは沢井家と、何とか話してみると言ってくれた。
「弁護士はそれからでいいって。」
「信一郎君には、何から何まで世話になっているな。」
お父さんは、慰謝料を請求されてから、元気がない。
「お金の事になると、暗くなるのよね。」

お母さんは、毎度の事のように呆れていた。
「でも、5,000万はきいたかもね。」
「どうして?」
「そんなお金、請求されたのは初めてだもの。」
私は不安になってきた。

「どうなっちゃうのかな。」
お母さんは、私の背中を叩いた。
「信一郎さんが、何とかしてくれるわよ。」
お母さんは、楽観視しているけれど、私はできない。

芹香のお父さんは、この結婚で1億のお金が動くと言っていた。
それを信一郎さんが聞いたら?
結婚を考え直すかもしれない。
芹香が知ったら?
彼女は自分の意見を守るのだろうけど、きっと傷つくだろう。

「ああ、どこからかお金が降ってこないかな。」
「お金は降ってくるものじゃないわよ。地道に働くの。」
お母さんは、時々現実を言って、私を傷心させる。
そんな事は、分かってるんだって!

そして週末、私は信一郎さんの家に泊まりに行った。
「いらっしゃい。」
「お邪魔します。」
信一郎さんは、玄関で私を抱きしめてくれた。

「ああ、久しぶりの感覚だ。」
「まだ一週間しか経ってないよ。」
「一週間も、礼奈に触れてないよ。」
信一郎さんに連れられて、リビングに向かった。

「さあ、沢井家の言い分を、聞かせてくれ。」
ソファーで隣同士で座って、信一郎さんは真剣な表情をした。
「芹香のお父さん、本当に芹香と信一郎さんが付き合っていると思っていたんだって。」
「そうか。俺がそう話したからな。」
信一郎さんは、困った顔をしている。

「それで、芹香と信一郎さんの仲を壊したのは、私だって思っている。」
「時系列的には、そう思われても仕方ないか。」
終いには、頭を抱え込んでしまった。
「すまない。」

「信一郎さんのせいじゃないよ。」
「いや、俺が結婚の話になる前に、沢井社長に話さなければ。」
私はそっと、信一郎さんを抱きしめた。
「一緒に、考えよう。」
信一郎さんは、目を合わせるとうんと頷いた。

「礼奈。」
「ん?」
「俺は、あの日。芹香さんの代わりに来たのが、礼奈でよかったと思っている。」
私の胸がじーんと熱くなる。
「芹香さんじゃないって分かった時は、政略結婚の事考えてしまったけれど……」

「信一郎さん、好き。」
想いが溢れてきた。
「私も、あの日。芹香の代わりにお見合いに行ってよかったって、思ってる。」
「礼奈……」
「芹香の代わりを演じたのは、信一郎さんが芹香みたいなお嬢様を求めていたから。」

信一郎さんは、私の背中に腕を回した。
「ごめん。俺がよく写真を見ていたら、間違える事はなかった。」
「いいの。そのおかげで、信一郎さんと愛し合えるんだから。」
唇を重ねて、私達は出会った事に、感謝した。

そしてまた、芹香に呼び出された。
「お父さんから聞いた。慰謝料を請求されたんだって?」
昼下がりの午後。
美味しいコーヒーを飲んでいるのに、空気が重い。

「うん。」
「いくら?」
「5,000万。」
「どうして、そんな大金を 」
芹香、詳しい事を聞いてないのかな。
彼女のお父さんは、政略結婚の事、どこまで話していたのだろう。
「元々、信一郎さんとの結婚には、1億のお金が動くはずだったんだって。」

「1億 」
芹香はそれを聞いて、顔を青くした。
「政略結婚で、1億のお金が動くなんて、あまり聞かない。」
「えっ?」
「知り合いで、親が決めた結婚をしている子がいるの。いわゆる政略結婚よ。」
「う、うん。」
「その子でも、2,000万だって言ってた。」
2,000万。
それは何のお金なんだろう。

「それって、援助するって事?」
「そう。それが、1億だなんて。」
芹香は、泣きそうな顔をしていた。
「もしかして、お父さんの会社、経営が危ないのかな。」
「沢井薬品が 」
沢井薬品って言ったら、薬関係では大手のはず。

「薬って、開発するにも相当なお金がかかるのよ。」
「うん、知ってる。」
「でも、それも元が取れないと、新しい開発費も出ないって。」
私は、何て言ってあげたらいいか、考えていた。

「逆って事は、ないかな。」
「逆って?」
「……信一郎さんの会社が、1億を貰うとか。」
芹香は、頭を横に振った。
「そんなの、黒崎さんの会社にはあり得ない。」

「どうして?」
「そんなにお金に困っている家と、お父さんは結婚を考えないもの。」
あの、お金に執着している芹香のお父さんだったら、考えられる。
「それに、本当に1億困っていたら、この結婚を、黒崎さんが断る訳ないでしょ。」
胸がズキッとした。



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