社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第31章 慰謝料①

それから、3日ほど経った頃だ。
芹香が、今すぐに会いたいと言ってきたので、仕事が終わってから、芹香と外で会った。
いつも夜の時間に会う時は、芹香の家で会っていたのに、今日は家はまずいと言う。
お店に入って、どうしたの?と聞くと、芹香は青い顔をしていた。

「まずいの。礼奈が私の代わりになっていた事、お父さんにバレたみたい。」
「えっ 」
「正式に、信一郎さんからお見合いの断りが入ったみたいなの。」
そう言えばこの前、お見合いを断ったって、信一郎さん言っていた。
「そこで、いろいろ聞いちゃったらしいんだよね。」
「私が、芹香の代わりになっていた事を?」
「そう。」
芹香は、頼んだ生ビールを一気に飲み干した。

「てっきり私と上手くいっていると思っていたみたいだから、すごく怒られて。」
「ごめん。」
私は芹香に、頭を下げた。
「いいのよ。でも、私もいろいろ聞かれてね。」
「どういう事聞かれた?」
「礼奈の事を聞かれたけれど、知らないって言っておいた。」
安心したのは、芹香のお父さんに、私も怒られると思ったから?

「でも、黒崎さん。思い切った事をしたわよね。」
「えっ?」
「お父さんに、他の家のお嬢さんと結婚しますって言ったらしいわよ。」
ドキッとした。
「それって、礼奈の事で合ってる?」
「たぶん。」
この前、結婚したらいいよって、言ってくれたけれど、それはプロポーズだったのかな。
「んもう!そんなところまで、話は進んでるの?」
ビールをお代わりした芹香は、私の話に酔ってるみたいだ。

「社長に見染められて、結婚かぁ。玉の輿だね。」
芹香は、うっとりとしている。
「芹香だって、社長と結婚できるじゃない。」
「家が決めた結婚は、嫌なのよ。あーあ。私も見染められたい。」
本日2杯目のビールを飲み干して、芹香は頬杖をついた。

「でも、そういう理由で、家はダメだったんだね。ごめんね。」
「いいって。私もたまに外で飲みたいし。」
私の事を気遣ってくれたなんて、芹香は優しい。
「それよりも、今後どうなるの?」
私は一番気になった事を、芹香に聞いてみた。
「どうなるって、信一郎さんは私との結婚を断ったんだもの。それだけよ。」
「それだけかな。」
私は、ちょっと不安になっていた。

芹香は、おつまみのポテトを口に入れる。
「何が心配なの?」
「芹香のお父さん、何かしてこないかな。」
「うーん。」
芹香は一生懸命、考えてくれている。
「今のところは、分からない。」
「そうだよね。」

第一、信一郎さんに結婚を断られたって、芹香の家なら結婚話は腐る程あるだろうし。
「ただ、お父さんがこの結婚、乗り気だったのは確かなのよね。」
「えっ?」
「ほら、偽の私だったとしても、上手くいっているって言う話を聞いていたからじゃない?」
「そんな!」
私が芹香の代わりをした事で、裏でそんな事になっていたなんて。

「今まで結婚を断っていた私が、今回の結婚は乗り気。でも、結婚は相手から断られた。なぜうちの娘が って事になってるかも。」
「どうしよう。」
「どうしようって言ったって、黒崎さんは礼奈としか、結婚する気ないんだもんね。」

嬉しいような、騒がしい話。
何かあったら、信一郎さんに何て言おう。
「そんなに、黒崎さんと結婚したいんだ。」
芹香の言葉に、カーっとなった。

「おかしい?」
「別に。好きな人と結婚したいと思うのは、普通の事じゃん。」
芹香は、おつまみで足らないらしく、ビール3杯目を注文した。
「でも不思議だよね。礼奈が私の代わりにお見合いに行ってくれたから、二人は出会ったんだものね。」

「ふふふ。」
そう思うと、私も不思議に思えてくる。
「もし、私がそのままお見合いに行ってたら、礼奈と黒崎さん、交際する事はなかったんでしょ。」
「そうだよね。」

運命は、不思議な巡り合わせを、与えてくれる。
「あーあ。黒崎さん、相手が私でも、交際したのかな。」

その瞬間、胸がズキッとした。
「……そうかもしれない。」
だって、あの時信一郎さんが求めていたのは、沢井のお嬢様だったから。
「やだ、礼奈。そんな事ある訳ないでしょ。」
「そうかな。」
「礼奈だから、付き合った。それでいいじゃない。」
生ビールを飲む芹香は、そう言って私を励ましてくれた。

有難う、芹香。
私、芹香の友人でよかったと思うよ。

そして、その事件はこの週末に起きた。
工場の前に、立派な車が停まった。
一人のスーツを着た男性が、工場に入ってくる。

「森井さんのご主人は、いらっしゃいますか。」
「はい。」
代わりに迎えた私は、その人を見て、ハッとした。
「芹香の……お父さん……」
「ああ、礼奈さんというのは、君の事かな。」
「……はい。」

芹香のお父さんは、私の顔をじろじろと見て来た。
「君とお父さんに、話がある。」
「信一郎さんの事なら、お父さんは関係ありません。」
「あるでしょう。結婚は、家と家との結びつきだ。」
私は、ゴクンと息を飲んだ。
お父さんに、何を言う気なのだろう。

そんな私達の攻防戦を見て、お父さんがやってきた。
「ああ?おまえさん、あの金持ちの?」
「沢井です。今日はお嬢さんと信一郎君の事について、話があります。」
「信一郎君の事?」
私は、お父さんをもう一度、工場の中に入れた。
「実は信一郎さん、芹香と結婚する事になっていたの。」



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